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映画が私を作った?死にたくなる映画「ヘヴン」から教えられたこと。 [映画]

シゴト関係者や知り合いから「あんたは悩みがなくて良いねえ~」とか「毎日が楽しそうで羨ましいよ」と、しょっちゅう言われるワタクシです。褒め言葉と受け止めてはいますが、はたから見ればノーテンキの私だって、50年間も生きてきたわけです。それなり、悩みはあるんですぞっ!

というのは、真っ赤なウソ、でした。

正直、私に「悩み」なんぞありません。人生は良いことばかりじゃないけど、クヨクヨしない(できない)のが私の取り柄。ガクッと落ち込んでも1分たてば「なんとかなるさ!」と復活であります。これぞ驚異の精神力・・・って、自分で言うのもなんだけど。あはは。

要するに、「悩み」を引きずることが出来ないんですね。もっといえば、そもそも「悩み」を感じにくい性質なんでしょう。

想像するに、多くの人はなにかしらの「幸福」や「理想」の基準を持ってて、そこからマイナスに物事がずれると不満・不安・怒り・悲しみが生じ(=悩みの元凶)、やがて絶望したり、嫉妬や恨みに発展するんでしょう。だったら、はなっから「幸福」「理想」なんて基準を捨てちゃえば良いんです。悩みをなくす最良の方法は、根本療法であるこれですよ、これ。

17世紀の名言オジサン、ラ・ロシュフーコーいわく、

「人間は自分が考えるほど不幸でもないし、それほど幸福でもない」。

うーん、名言。しかし言うは易し、行うは難し、こいつは極論かしらん。

ところで、同じ事象に遭遇しても、十人十色で違う感じ方をするのは、当たり前のようで、ちょっと不思議ですね。楽観的に捉える人もいれば、やたら悲観的に捉える人もいる。行動は理性でコントロールできても、「どう感じるか」はコントロールできませんからねえ。悩みの発端は、どうやらこのあたりにありそうです。

厄介事を、悲観的に受け止めないことが良い結果(解決)につながる・・・がワタクシの経験則。マイナス事象でも前向きに受け止めれば、全部とは言わずとも、悩みゴトのかなりが消滅するのではないでしょうか?

ここからが本題です。。。うわ、いつもながら前書きが長っ!

自分の超楽観主義がどうして形成されたか?を振り返ると、教育や環境より、圧倒的に「映画」「音楽」「書物」の影響だと思うんです。とくに映画ですね、「あれを観ていなければ、自分は全く違う人間になっただろう」と確信する作品が少なからずありますから。

映画ブログに書きましたが、ヴィム・ベンダース監督「パリ、テキサス」はワタクシにとってのベスト・オブ・ベスト・ムービー。映画の、そして人間の無限の可能性を教えていただきました。(その記事は→クリック

では、「悩み」「絶望」という切り口で、印象に残っている映画を思いつくまま並べてみましょう。

古くは「シベールの日曜日」「処女の泉」「忘れられた人々」「冷血」「ジョニーは戦場へいった」「灰とダイヤモンド」「真夜中のカーボーイ」でしょうかね。ここ20年は「ディア・ハンター」「アメリカン・ヒストリーX」「ダンサー・イン・ザ・ダーク」「オールド・ボーイ」「ファニー・ゲーム」「スカーレット・レター」・・・ああ、題名を並べただけで、陰鬱な気持ちになります。一本一本にコメントを書きたいですが、ここは我慢。

これらの作品は、ハリウッド映画のような「ラストの救いや希望」が無いわけです、つまり、絶望的な気持ちのままで観客は突き放されます。「観ると死にたくなるような映画」と言えましょう。

そんな映画の何がいいのだ?と言う方もいましょうが、だからこそ効能があるんです。人生の悲惨を目の当たりにすると、「この映画の登場人物に比べれば、自分の悩みや悲しみなんて紙屑みたいだな・・・」と思えることです。

自然災害、戦争、飢餓、疫病、民族対立、凶悪事件・・・世界には悲惨があふれていますが、逆説的に、リアル映像より、つくりものである映画のほうが切迫感を持って胸に響くことがあるわけです。切り取られた現実よりも、前後の「ストーリー」に人間は共感を持ちやすい、ということなんでしょうか。

ここで、一本の映画を紹介しちゃいます。

主人公の悲劇的状況に、ワタクシをして「もしこれが自分だったら、自殺しちゃうかも」と思わせた作品であります。フツーの悩みごとなどぶっ飛んでしまう破壊力を持ってるんです。

「ヘヴン」です。02年、ドイツ、イギリス、アメリカ、フランスの合作映画。

ヘヴン2.jpg

舞台はフランス。女性教師のフィリッパ(ケイト・ブランシェット)は、夫を麻薬中毒死で失ったうえ、警察が麻薬蔓延に手をこまねいている状況が許せず、麻薬マフィアのボスを殺すことを決意します。相手は大企業の社長という表の顔を持つ、憎き悪党。ついに彼女は、高層ビルにある彼のオフィスのゴミ箱に、爆弾を仕掛けることに成功するんです。

ところが結果は悲惨なものでした。仕掛けた爆弾は爆発前に、ゴミ箱ごと清掃員に回収され、それがエレベータ内で爆発。子供をふくむ罪もない4名が爆死するのです。一方で、死ぬはずだった悪党は、のうのうと生き残っています。

敵を始末したと思い込んで満足げに逮捕されたフィリッパは、警察で、事の顛末を聞き茫然とします。憎い相手を殺せなかった悔しさと、無関係の市民4人を殺した罪悪感に抜け殻のようになる彼女。。。

その後、彼女に心惹かれた警備隊員フィリッポ(←名前は似てるけど主人公ではない)が彼女を脱獄させ、二人の逃避行がはじまります。追手が迫る中、4人を殺した凶悪犯フィリッパに残された行き場所は「ヘヴン」のみ・・・。

以上が本作のストーリーです。名女優ケイト・ブランシェットさんの演技も見事で、私は劇場でブルブル震えました。主人公の悲惨は「受動的に被った悲惨」(戦争被害や犯罪被害)ではありません。「自らの積極的な意志と行動が招いた悲惨」であり、その点が、心底、絶望的なんですね。後悔なんてレベルじゃなく、殺してしまった人たちへの「申し訳なさ」だけでも自分が死んじゃいそうですよ。

こんな究極の「絶望」を見せられたら、私は思わざるをえない、「彼女の絶望に比べれば、自分の悩みなんて、どれほどのもんだよ・・・」と。

架空の人物の心情を、自分と比較するのはナンセンスという人もいるでしょうが、そうゆうヤツは、勝手にそう思えば良いのです。本屋の入口に並んでいる「人生ノウハウ本」でも読んで、他人から「生き方を与えてもらえば」いいんです。それこそ手抜き人生に思えますが。

感じること、考えること、の源泉は私にとって「映画」なのです。膨大な数の名作と駄作を観てきましたが、その積み重ねによって自分の「世界観」が出来たのだ、と確信します。冒頭のテーマに戻れば、ワタクシの「楽観主義」は一朝一夕に作られたのではなく、映画によって形成された、と、こうゆうハナシなわけです。

そんなわけで、ベタなまとめは「みなさんも、映画を観よう!」であります。「映画には人生すべてがある!」と、激しく主張してしまう私であります。

あれ、最後は結局、自分の自慢をしちゃったかな。収拾つかなくなったところで、今日はおしまい。ちゃんちゃん。


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