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豊洲市場の「盛り土」問題。役人たちの「たかをくくる」「棚に上げる」体質が、見事に発揮されてますね。 [雑感]

出張で、北海道に行こうと九州に行こうと、TVでニュース番組をつけると、必ず登場する話題が「豊洲市場の盛り土(もりど)問題」であります。

しょせんは関東ローカルなネタじゃん、全国放送で取り上げることかあ・・・と斜に構えるワタクシ。食の安全云々よりも、「盛り土」を突破口に、小池知事が対抗勢力(都議会)に圧力かけてるってハナシでしょ?と、下司の勘繰り的にしか見れないのでありました。

とはいえ、「たしかに役人のやることって、こうだわ」と脱力しつつ腑に落ちる部分があるので、そのことを書きます。

まず、問題の現状を、ネット記事よりコピペさせていただきます。

=== 以下、NHKニュースWEB (9月30日)より ===

【豊洲市場問題 内部調査 誰が盛り土せずと決定か特定できず】

豊洲市場の土壌汚染対策をめぐる問題で、東京都が進めていた内部調査の報告書がまとまり、最大の焦点だった、盛り土を行わない方針をいつ誰が決定したかについては、最後まで意思決定が明確にされないまま工事が進められたとして、特定できなかったとする内容となりました。

(中略)

(調査結果に)よりますと、担当局内では、市場が開場したあとも土壌汚染を継続的に点検するための作業空間「モニタリング空間」を地下に設ける「案」が平成20年から議論され、次の年の平成21年には地下に重機が置かれたイメージ図が作成されるなど、案が具体化していきました。

そして、平成22年から25年にかけ、土壌汚染対策の検討が本格化し、建物の設計を作成する過程で、平成23年8月にモニタリング空間を地下に設ける「方針」が、部課長級の幹部会議で確認されたということです。

しかし、盛り土を行わない方針までは明確に意思決定がされないまま工事が進められたとして、報告書は、盛り土を行わない方針をいつ誰が決めたのか特定できなかったとする内容になっています。

(後略)

=== 以上、NHKニュースWEBからの転載終わり ===

うーん。

建築工学や環境安全の観点から、「盛り土をする」べきか、「盛り土をしない(空洞を作る)」べきか、は専門外のワタクシからは言及しません(できません)。

ここでは、問題を3点に絞ります。お役人(?)たちが、①盛り土をする計画を、勝手に変更していたこと、②変更を明らかにせず、都民に嘘をつき続けていたこと ③計画変更の経緯が不明確なうえ、決定者(責任者)が不明であること、となりましょう。

乱暴に話をくくると、本件に関わった役人さんたちに通底するメンタリティは、以下のふたつの言葉で表現できます。それは

「たかをくくる」「棚に上げる」

であります。

もちろんワタクシには真実はわかりません。ゼネコンと政治家による利権がらみの悪質な誘導があったかもしれないし、まったく違った裏事情があるのかもしれません。

とはいえ、多くの組織と膨大な人間がかかわる市場の新設計画です。関係者のココロに共通する「何が」があったとすれば「たかをくくる」「棚に上げる」性質と思うのです。

一度でも官公庁関係の仕事をされた方なら理解できるでしょうけど、とにかく役所というところは意思決定が遅い。工事設計のささいな修正も、承認まで数か月間かかったりします。なぜそんなに遅いのか?理由は簡単、日本の役人さんたちは複数の組織にまたがったプロジェクトの運営に慣れていないからです(正確には「向いていないから」です)。

各人の責任範囲は限定されているとしても、組織間の意思疎通をはかり、早急に物事を決めて進めるのが「役人」たるものですが、日本の場合、その逆で、縦割り組織にセクショナリズムが絡んで、何を決めるにもダラダラと無駄な時間が費やされるます。まさに悪夢であります。

そこで、官公庁に限ったことではありませんが、大工事になるほど、複数組織を横断的に連携させ、全体を統括する「プロジェクト・マネージャー(プロマネ)」が重要になります。ところがどっこい、このプロマネが、日本だと、問題をさらにややこしくするんですね。

本来、プロジェクトの長(ちょう)たるプロマネがリーダーシップを発揮して、関係省庁や複数部門と協議、交渉、調整を推進するはず・・・ですが、言葉は悪いけど、日本の官公庁案件で、プロマネは「お飾り」にすぎず、彼は「下々の者たちよ、しっかりやんなさい」と訓示するだけ(であることが多い)。プロマネは意思疎通の先導者でもなく、ましてや物事を決定する責任者でもないんです。

プロマネがまともに機能しないので、日本の役人たちは、なあなあに組織全体(と書くと聞こえは良いが、要するにイイカゲン)に惰性と慣習だけで物事を決めることになります。

こんなバカげた体制と体質で、どうして数百億円、数千億円の大工事が成り立つのでしょうか?

良い言い方をすれば、実務職員の一人一人が責任感とそれなりの能力・裁量を持っているので、トップダウンでコントロールをしなくても現場(実務)シゴトが着々と進むわけです。さらには、おいしい公共事業にむらがる優秀な工事業者が、しっかりと役人をバックアップするので、工事費の増大さえ気にしなければ(本来、それこそが重要事なのではあるが)、大船に乗った気持ちでプロジェクトが粛々と進行していきます。

ここに大きな落とし穴があります。実務サイドに任せておけば、うまくこなせてしまうがゆえに、豊洲のような「基本工事の計画変更」が発生すると話を表ざたにせず、内々でこっそり済ませよう、という心理が働くわけです。彼らを擁護するわけではないが、もしも計画変更をルーチンどおりに、再度の有識者会議にかければ、公に「計画変更の必要性」を説明し、関係者の合意を得ねばならず、1年くらい平気で工事工程が遅れてしまうんですね。それは許せない、というわけです。

日本人の良いところであり、同時に悪いところは、「計画を遅らせたくない」「スケジュールどおりに完遂させたい」という気持ちが強すぎること。狂気にも似たオンスケジュールへの執念が、工事費増大を招き、行うべき段取りを省く、という問題行動につながるんですね。

役人だってバカじゃない、つうか、実務者は優秀ですから、「こりゃあ、いかん」と感じた人はいっぱいいるはずです。

そこで出てくる第一の心理が、前述の「たかをくくる」です。手順は踏んでないけど、ま、いいよな、昔からこのやり方で済ませてたから・・・と惰性で安易に自らを納得させてしまいます。もし、まなじりつり上げ、「これはいかんと思う!」と職場で叫んだところで、お前、あほか?と言われるだけです。ならば慣習という言い訳に自分を埋没させ、見て見ぬふりで物事を進めるのは、当然の行為とさえいえましょう。

さて、「自己納得」をより強化するのが「棚に上げる」心理です。これは、後ろめたいことが発覚したときに発動されます。俺は必死に頑張って仕事をした、些末な手続きや報告など、俺以外の「誰か」が処理すべきこと、と、あくまで他人のせい、組織のせい、と思いこむのですね。「自分のことは棚に上げて」、悪いのは他人、というわけです。

まるでストーカー殺人の犯人が、取調室で「被害者にも問題があった」とハナシをすり替えるのに似てます。たしかに自分も当事者ではあるが、「その部分は」無関係で、別の当事者がいるのだ、という・・・。

かように、豊洲の問題から、役人たち(+政治家たち)が「たかをくくって」物事を勝手に進め、問題が発覚したときには自分のことは「棚に上げる」という構図が浮かびあがってくるんですね。

ですから、小池知事がいくら頑張ろうと、盛り土問題の経緯や責任者は特定できないと思います。だって、みんなが「自分は責任者ではなく、計画変更を決めたわけではない」と言い張るだけだから。同じように、工事費が当初の見積りの何倍にも膨らんだ事案も、決して責任者を特定できないでしょう。悲しい話ですが・・・。

それにしても、おかしな話です。

本来、こうした問題が発覚したときに、明確な説明をして、責任をとるのがプロジェクト・マネージャーですよ。

豊洲市場の工事計画には、「お飾り」でもプロマネは存在しなかったのでしょうか?これだけの大工事を、統括する人間が不在で進むなんて、少なくとも私の常識では考えられません。私が過去にかかわった産業プラントのプロジェクトでは、必ずプロマネはいましたよ。

盛り土の計画変更以前に、いったいぜんたい、どんな体制と責任下で、新市場の計画は進められてきたのか、その根本体制(体質というべきか)が大問題ですよね。その点は、調査報告でも指摘はされていますけど、海千山千の役人連中にとっては反省するどころか、「大きなお世話」といったところでしょう。

さて、たいして興味のないテーマに長々と文章を書いたら、眠くなりました。今日はこれでお終いでございます。ちゃんちゃん。


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