So-net無料ブログ作成

銀座で和食コース料理。野郎二名で、ちょいとゼータクに過ごした日。 [宴会、呑み会]

某日。ワタクシの職場(京橋)から200メートルほどの場所にお勤めの青兄さんと会食であります。京橋駅の近くで待合せし、野郎二人は銀座一丁目の和食店へ向かったのであります。

さて、東京都中央区 銀座。

飲食に限って言えば「銀座」という地名から「高級」「高額」「その割に量が少ない」「無駄にエラソー」・・・と、いろんなタームが連想されます。確かに料理の値段は、他エリアより高めでしょう。そして値段ほどに、圧倒的に美味しい、とは限りません。北海道出身のワタクシなど、寿司を食べるなら、銀座よりも、小樽や札幌のほうがヨッポドいいぞ・・・と郷土愛(対抗心?)が頭をもたげるわけです。

しかし。

この歳になってワタクシ、考えが柔らかくなりました。「飲食」とは、単に味や値段(コスト・パフォーマンス)だけではなく、お店の雰囲気、接客、料理の盛り付け、出すタイミングといった副次的要素によって、満足できたり不満だったりするわけです。銀座のお店は、値段がそれなり高いだけあって?、そこ(副次的要素)が比較的ちゃんとしている、と思うのです。(それと真逆に、怒り心頭に達する不愉快な店もあるが・・・ほら、あそこ、東銀座の〇〇すよ!←伏字になりました)

最近のワタクシが行くお店分類は、①グッタングッタンの「超」お安い居酒屋さん、②そこそこ感じの良いイタリアン、フレンチ、中華など。 ③地酒と料理が無条件に美味い酒場。 ④ 銀座の値段のはる店・・・と分化しております。その日の気分と、フトコロ具合を勘案し、①~④を使い分けます。こう書くと、通っぽくてヤナ感じだけど、そうではなく、これだけ膨大な店がひしめく東京なんだから、「今日はどうゆう店にしようかなあ?」と悩むのも楽しみのひとつ、ということ。ストライクゾーンを広げると、呑み食いの楽しさ倍増、ってハナシです。ハイ。

余計な前置きが長くなり、スイマセン。

青兄さんと会食したお店は、銀座一丁目の和食「凛(りん)」であります。お互いの職場に近いのが選定理由。ちなみに、銀座には同名の喫茶店があるので要注意・・・って、誰も間違えないよ。

野郎二人は、2階の個室に案内されて対面。時代劇に出てくる、悪代官と越後屋の密会、という体であります。突然、電球が消えたのは、屋根裏に潜んでいた忍者のせいか、はたまた、われわれを「ゲ〇」と勘繰った店員さんの過剰サービスか。いえ、電球がソケットにキッチリはまってなかっただけね、ははは。

和食コース一品目。うはあ、それぞれ手間がかかってる。

rin04.jpg

店員さんからの料理説明は忘れましたが、美味い。二品目は刺身です。

rin05.jpg

これも美味いなあ。エビ、でかいなあ(←小学生っぽい感想)。その後、いろいろあった物件は割愛し、締めの握り寿司です。「うに」軍艦と、江戸前を代表する「こはだ」。

rin01.jpg

隠し包丁の入ったまぐろ。いくら。えび。

rin03.jpg

美味いっ!・・・と、感想が、どうにもアッサリ「美味い」に収束しちゃうんですな。ま、そうとしか言いようないもんな。

寿司2名分を前にして、グッジョブ・ポーズを決める青兄さん。

rin06.jpg

こうして、悪代官と越後屋の小判のやり取りは、無事に完了です。料理の美味さを表現する食レポ才能が皆無!という、オノレの限界を知ったところで、この日の会食はお終いっ!

次回、銀座レポートは、「あなご料理」、「稲庭うどん」、「寿司+ワイン」をご紹介予定。といっても、どの料理の感想も「美味いなあ」だけじゃ何の役にも立ちませんかね。スイマセン~~。


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

国立新美術館(乃木坂)で開催中。大原美術館のコレクション展「はじまり、美の饗宴展」を拝見したハナシ [絵画]

前々回の記事で書いた「ラファエル前派展」につづき、都内の美術展をとりあげます。六本木にある国立新美術館で開催中(2016年1月20日~4月4日)の、

はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」であります。

gaka03.jpg

のっけから余談ですが、国立新美術館に行くたび、ワタクシ地下鉄駅を間違えます。ついつい、日比谷線「六本木駅」で下車しちゃう。おかげで冷たい雨に濡れてしまった・・・。なんのことはない千代田線「乃木坂(のぎざか)駅」で下車すれば、地下鉄の出口が美術館に直結しており、圧倒的に楽なんですね。ううっ、次回は間違えずに乃木坂から行くぞ。

さて、この美術展。

大原美術館(岡山県倉敷市、1930年創設)所有の、世界にほこる絵画・彫刻・陶芸のコレクション。その一級品の数々を六本木・・・じゃなく乃木坂でドドーンと披露する豪気企画です。明治時代の大実業家は、いまとはスケールが一桁も二桁も違っているようで、惜しげもなく大金をつぎこみ名作をバンバン買い集めたわけです。豪快と執念の成果が、大原美術館であり今回の展覧会なんですね。

「え?これって日本の美術館にあるの?」と驚く名画も会場に並びます。好き嫌いは別として必見でございましょう。

展示作品を世間の基準で眺めれば、見どころは、エル・グレコ、セザンヌ、ドガ、ルノワール、ロートレック、ゴーギャン、モディリアーニ、ピカソ、キリコ・・・そして、やっぱり登場するモネ「睡蓮」あたりかな。しかし、それらへの私の興味は限りなく低いのであります。

ワタクシにとっては以下4点だけで大満足。来た甲斐があるってもんです。

筆頭作品はギュスターヴ・モローの「雅歌」(1893年)。レース状の衣装をまとう女性から漂う幻想性、エロスが尋常ではありません。作品は小さく(幅20センチ、高さ40センチくらい)、水彩画ゆえか、絵の前に集まる人もまばらで、おかげで独占的にじっくり拝見できました。

gaka01.jpg

じっと観てると、頭がくらくらします。モロー作品はすべて好きですが、女性を描いたものは特に良い。夢の中のようなボンヤリ風情でありながら、確実なエクスタシーがあります。不思議な光で、画面が輝いて見えますね。ワタクシの気分は、もはやユイスマンス「さかしま」の主人公。残念ながら、ユイスマンスさんの審美眼も文章力も持ち合わせないワタクシには「雅歌」の美しさを伝えるコトバがありません。しかし、そんなこたあ、どうでもいい!モローの絵画が、この世界に「ある」というだけで、ワタクシは生きてて良かった!と思えるんですから、ハイ。

次はピサロさんの作品。「りんご採り」(1886年)です。印象派作品にほとんど食いつけないワタクシですけど、シスレーさんとピサロさんは例外つうか別格扱いで、愛している、のであります。本作のなんという見事なバランス。そして陽光の優しさ、でありましょうか。こちらまで体がポカポカしてきそうです。

gaka04.jpg

日本の作品にいきませう。関根正二(せきね しょうじ)さん作「信仰の悲しみ」(1918年)です。画集ではなく、絶対にホンモノを観る必要があります。なぜなら、重くくすんだ色合いと、独特の筆致は、印刷や写真では伝ええないものだから。いやあ、本物にはインパクトがありました。スゴイ!(語彙、貧困で失礼)。

gaka02.jpg

ワタクシのツボにはまる最後の作品。それは、夭逝の画家、松本竣介さんの「都会」(1940年)です。松本さんといえば、すっくと立った自画像が有名でして、私も、あの絵を観て以来の大ファン。ただし展示作「都会」は、その自画像とは異なり、全体に青が基調で、線描が鋭く、立体派テイストの表現も加わります。雰囲気はシャガールっぽいですが、切ない感情が良い意味で日本人、を感じさせます。いいなあ~。じーんと、してしまいます。

以上、個人的な食いつき作品は、たった4点ですが、

近代~現代の西洋・日本絵画、彫刻、陶芸と幅広く、一級品を1日で堪能できる超オトク展覧会なのは間違いありません。未見の方には、是非、お奨めしたい展覧会でありました。おおいに満足しました!

ではでは。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

茨城県巡り。水戸偕楽園の梅まつりと、大子町(だいごまち)の袋田の滝を楽しんだ日。 [旅]

少し前のこと。茨城県の水戸偕楽園「梅まつり」に行ったのであります。偕楽園といえば、なんたって梅ですからネ。そういえば最近、ドライブの先が福島か茨城に偏ってます。自宅が千葉県ですから、しょうがないすな。

偕楽園には足を踏み入れるのは初めて。驚くべきはその広さ。広大な公園に植えられた梅の木が圧巻です。全体が高台になっていて、見下ろした先でも、梅、梅、梅、であります。

mito04.jpg

偕楽園の園内の様子。ピンクや赤の花が美しい。

mito01.jpg

どの梅もキッチリと手入れされていて気持ち良いですね。

mito02.jpg

着物の美人は、梅大使のお二人。ほかに「水戸光圀とお連れの者」という怪しい一団もおりましたが・・・。

mito03.jpg

ゆっくりと梅林を眺めていたいけど、人(観光客)が多く落ち着きません。それと、明るいうちに次の目的地に着かねばなりません。

次の目的地とは、茨城県が誇る名瀑、袋田(ふくろだ)の滝、でございます。水戸から車で40分ほどの大子町(だいごまち)にあります。てなわけで、次のテーマは滝の鑑賞です。

mito05.jpg

滝を拝見するためにトンネルを数分、歩きます。お、秘境感がイイじゃないの。

mito06.jpg

見えました、袋田の滝。幅が広いです。迫力があります。落差や水量を売りにする豪快タイプではなく、岩肌を白い筋のように水が流れる上品さが好ましい。

mito07.jpg

滝の前に立つワタクシです。

mito09.jpg

展望台の上階へ進むと、袋田の滝の全貌を拝見できます。な~るほど、階段のように2か所の踊り場があるんですね。こりゃあ、良い味わいが出てます。

mito08.jpg

撤収途中、橋から見上げるように滝を撮影。「横顔」にも味があります。

mito10.jpg

以上、水戸偕楽園の梅と、大子町の袋田の滝を堪能した1日でございます。雨が降らなくて良かった~。

締めくくりの写真は、袋田の滝ちかくの飲食店におられた「ねばーる君」とワタクシのツーショットでございます。ねばーる君は、ふなっしい、の茶色バージョンではございません。ご当地名物=納豆、を前面に押し出した茨城県キャラであります。

mito11.jpg

茨城県を巡った旅の報告は、これで、お終いっ!ちゃんちゃん。


nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

渋谷で拝見した「英国の夢、ラファエル前派展」。久々にツボにはまった、というハナシ。 [絵画]

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「英国の夢、ラファエル前派展」を拝見し、めちゃ感動したので、その件を書きます。この展覧会、渋谷は3月6日に終わり、西へと巡回、現在(3月20日時点)は山口県立美術館で開催されております。

rzenha01.jpg

さて、本題の前に、ちょっとエラソーですけど”美術好き”に関する話です。「趣味は美術鑑賞」だとか「学生時代に美術部でした」というヒトと、絵画の話をすると、ほぼ確実にガッカリしちゃうワタクシです。なぜか?理由は、彼らの多くが自分の目で見ず、自分のアタマで考えないから。要するに、世間が誉めそやす作品や画家を、盲信的に信奉してるからです。(もちろん、そうでない人もいますけど)。

相手の口から「印象派が好き」「ゴッホが好き」「シャガールが好き」と聞いただけで、私は、その人とは、絵画の話をやめます。そんな「ゲージツのお墨付き」がなんだっての?と思ってしまう。クラシック音楽でいえば、モーツアルトが好き、と言っとけばとりあえずOK、みたいな安易さを感じるのです。

念のため、相手に「なぜ、その画家が好きですか?」と質問すると、だいたいは体(てい)をなさない答えが返ってきます。何をどう好きだろうと個人の勝手だし、無理にマニアックに走る必要もないが、本心からその対象が好きなら、「なぜ自分が好きか」くらい言葉で言えるでしょ?と呆れてしまう。

自慢じゃないけど、私に、グリューネワルト「イーゼンハイム祭壇画」や、ブリューゲル「雪中の狩人」、デューラー「メレンコリア」の話をさせたら丸一日はしゃべり続けますよ。モノゴトを好き、ってのは、そうゆうものではないかしらん。

と、無駄な前置きが長くなり、スイマセン。

今回とりあげる「ラファエル前派」。まさに前述のエセ美術好き連中が、時代遅れとみなした一派、だと思うのであります。19世紀半ばから20世紀という、美術界に大変革が起きた時代にもかかわらず、神話や文学から材をとった「古臭いロマンチック」「映画の場面のような」作風は、頭デッカチの美術通から、嘲笑の的になるのも無理ありません。

ところがどっこい、です。「英国の夢、ラファエル前派展」を虚心に観てどう思うか。古臭い、どころか、これらの作品こそが「絵画にしかできない表現」の究極と感じます。たしかに、19世紀以降の絵画の本流は、過去の絵画ルールから脱却して、風景や人間をありのまま描く、とか、画家の心情吐露、あるいは、多様性への挑戦でしょうけど、ラファエル前派は、それらとは発想や思想が違うのです。ラファエル前派が目指すのは、1枚の絵画にドラマ性を与える、という試みです。

ですから、画家たちは圧倒的な絵画技巧を発揮します。確かな技術に支えられた人間あるいは神々のドラマ。このようなハッキリした意図を持つ絵画は大好きなんです。

それでは、展覧会で出会った作品をいくつかご紹介します。

ジョン・エヴァレット・ミレイ作「いにしえの夢-浅瀬を渡るイサンブラス卿」(1856年~1857年)

rzenha02A.jpg

幅2メートルちかい大きさにまず圧倒されましたね。次に画面をよくみると、甲冑や装飾の精緻さに魅了されます。そしてなにより3人の登場人物の表情が良い。様々な想像をかきたてるではありませんか。

rzenha02.jpg

神話や伝説を扱った作品だと、たとえばフレデリック・レイトン作「ペルセウスとアンドロメダ」(1891年)。

rzenha03.jpg

あるいは、ジョン・ウイリアム・ウォーターハウス作「エコーとナルキッソス」(1903年)。

rzenha04.jpg

人物画ではダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「シビラ・パルミフェラ」(1865年~70年)。ロセッティは、ラファエル前派の創始者のひとりですね。

rzenha05.jpg

私が気に入った作品は、エドワード・ジョン・ポインター作「テラスにて」(1889年出品)です。穏やかな雰囲気、柔らかな筆致。リアルに描かれた木の枝、大理石。女性の衣装の見事な表現!

rzenha06A.jpg

暇を持て余した女性の、ボンヤリした横顔の美しさがたまりません。

rzenha06.jpg

ワタクシ、この絵の前で、しばらく、じーっとたたずんでしまいました。すごい吸引力がありますもんね。

おっとハナシが長くなってきました。そろそろ終わりましょう。「ウィーン美術史美術館展」「プラド美術館展」「モランディ展」と昨年より、展覧会でスベリを重ねてきたワタクシ。しかし今回の「ラファエル前派展」は、嫌な流れを吹き飛ばす久々の大ヒットとなりました。本当に良かった。こうなると、次に行く展覧会がちょっと心配です。有名画家の名前だけで感動できちゃう単純な人間に、いまさらなれないし・・・。うーーん。

と、無理にまとめたところで、今日はお終いっ!


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

もっと大きな声を!それがコミニュケーションの基本でしょう?と、発作的に考えちゃう日。 [雑感]

前回記事の続き、であります。

東北大学での学会発表、昨日、無事に完了しました。予想どおり楽しかった。ワタクシ、学会期間(3日間)は仙台で、東北の地酒を呑み、牛タン、牡蠣、ホヤを堪能しましたからね、言う事ございませんっ・・・って、目的はそっち(飲み食い)じゃなく、あくまで学会です。誤解されませんよう。

さて、学会イベントに参加するたび、感じる事を書きます。

技術立国ニッポンだけあって、どの研究者の成果(論文)も素晴らしいです。数百件の発表論文のなかにはワタクシの専門外分野も多く、正直、それらはチンプンカンプンですけど、少なくとも構成がしっかりしている。つまり「論文」の目的、手段、結果、そして結論(Conclusion)が明確なんですね。

しかし!それに反して、

檀上での発表(プレゼンテーション)は、ヒドイのが多い

とくに学生の発表。その致命的な問題点とは、

声が小さくて、何を言っているのか聞き取れない!

ということ。マイクを使っていても聞こえない体たらくですよ。口元で、ボソボソ、モゴモゴと、小さく、くぐもった声で終始する。スクリーンに説明用パワーポイントが投映されるので、一応、内容は分かるにしても、オーラル・プレゼンテーションとして、まったく成立してません。いったい、なんなんだ、このザマは。

もちろん、声さえデカければ良いプレゼン、というわけではありません。しかし「聴こえない」つうのは論外でしょう。こんな聴覚検査まがいのダメ・プレゼンが、あちこちの会場で散見されるんです。

それにしても不思議ですよ。貴重な時間と労力をつぎ込んだ成果を披露する、研究者にとってはハイライト・シーンですよ。その晴れの舞台で、自らの努力を台無しにする低レベルなプレゼンをさらすのはなぜだ?私には、わけが分かりません。

そもそも、自分の研究を聞いてほしい、知って欲しい、と思えば、おのずと声は大きくなりテンションも高めになるはずではないか?

私なんぞ発表内容は薄っぺらいけど、声はめちゃデッカイですよ。マイクなど不要です。仕事柄、人前で説明する機会が多いこともありますが、確実に聞き取れる声量は「プレゼンの大前提」なんです。そのうえで、声の抑揚、話の間、小さなギャグなどの工夫を加え、やっと聴衆はまともに聞いてくれるもの、と確信します。芸能人や有名スポーツ選手じゃあるまいし、ふだんの「素の喋り」で人を惹きつけられるほど、世間は甘くない、のです。

というわけで、若者たちに強く申し上げたい。

「もっと大きな声を出せ!」 

と。そうでないと、学会発表だけでなく、人生、いろんなところで損するぞ、と。

大声.jpg

卑近な例を挙げれば就職面接。声があまりに小さいと、それだけで不合格になります。なぜなら、企業の採用側は、学生の潜在技能やTOEICの点数よりも、コミニュケーション能力重視にシフトしているから。声が小さいと「周囲と協調できるか不安」という理由で、不合格にされやすい、のです。

いっぽう、学校教育に目を向ければ、いわゆる「お勉強」だけでなく、「礼儀」や「マナー」とともに、思いをきちんと伝える「話し方の基礎」と、聴き手を意識した「表現方法」(声の大きさも含め)を、ちゃんと教え込むべきです。君は君のままで良い、などバカげた戯言に甘え、指摘も矯正もしないから、コミュニケーションの基本である会話や気遣いが出来ない「幼い大人」に育ってしまうんです。いやホント、多いんですよ、そうゆう若者って。

説教くさいハナシでスイマセン。繰り返しますが、発表や説明の場では、大声でなくて良いから、相手に伝わるだけの最低限の声は出そう、ってこと。

そのために、普段から声を出す訓練をしておこうよ・・・と、まとめちゃうと単純なハナシでございました。ちゃんちゃん。


nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

仙台での学会発表。本日は晴天ナリ! [日常]

某学会の全国大会なるイベントが、3月16日~18日、東北大学(仙台)で開催されております。

一般講演セッションで本日(3月18日)の午後に、ワタクシ、1件、発表をします。プロジェクターに映すパワーポイント作成は終わりましたけど、説明(発表)をどう展開するか、プチ悩んでる次第。昨年の大分大学では、映画「ターミネーター」について熱く語ったわけですが、あのアザトサもどうかと思うし・・・。まあ、その時が来れば、なんとかなるでしょ。ははは。

今朝の仙台。宿泊中のホテルの窓からの景色。みごとな晴天ナリ!

sendai002.jpg

ビルだらけの風景では仙台らしさが伝わりませんね。ならば昨日食べた「牛タンあぶり焼き」はどうだっ!(自慢)

sendai001.jpg

仙台駅の構内で良く見かける北海道新幹線の開業ポスター。メインは仙台ではなく函館であります。しかし東北ご出身のお笑い芸人サンドイッチマンさんの表情が、なんともいい感じでパチリ。

sendai003.jpg

お二人が持っている海鮮丼が、やたらに美味そうだ。うはあ。

sendai004.jpg

ハナシは変わりますが、海鮮丼で思い出しました。

5年前(2011年3月)の東北大震災の直後に、ある知人が「宮城県に行ったり、福島県で海産物を食べると、放射能に被曝して体を壊す」と力説してたっけ。放射能なんてワタクシにはよう分からんから、真偽にコメントできませんけど、ごくごく感覚的に「そうゆう発言すること自体、なんだか嫌だなあ~」と思ってしまう。

被曝すると思うのは本人の勝手だし、東北に行かないのも本人の勝手だけど、まわりに吹聴するのは、間接的に東北を傷つける行為だと感じる。天邪鬼なワタクシなんぞ、震災1ヶ月後に福島に行ってバンバン海鮮丼を食べましたよ。50歳も過ぎて今更なんだというのだ。人間の寿命なんて、どうせいつかは尽きるもの。前述の発言をする人は、いったい、あと何年間、生きようってのかね。

あれから5年たった今でも、東北の魚や野菜は「放射能に汚染」されている、とでも言うのでしょうか?それとも、もう今なら平気なんでしょうかねえ?・・・と、書いているうちに、ウンザリしてきたので、今日はお終いっ!

まずは、本日午後の学会発表をおおいに楽しむことにしましょう。ちゃんちゃん。


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

もこ、の近況でございます。 [家の猫]

「最近、もこちゃんがブログに登場しないけど元気ですか?」というご質問をいただきました。ありがたいことです。

もこ、とは我が家の飼い猫です。4年前、自宅横の道路にうずくまっているのを、家の者が拾ってきたのです。正確な年齢は分かりません。推定年齢は14歳~16歳、おばあちゃんネコなのは間違いありません。

で、冒頭の質問に対する答えは、「おかげさまで元気にやっております!」。

ま、元気、といっても活発に走り回るわけでなく、暖かい場所を確保しては一日中マッタリ寝ているんですね。寝てばかりの家の者でさえ、「もこはよく寝るね」と呆れるくらいのスリーピング・キャットぶり。

お気に入りの寝場所その1、はペット用ホットカーペット。こんな感じ。

mo003.jpg

お気に入りの寝場所その2、は居間のソファのど真ん中。これがまあ人間には邪魔でして。。。

mo005.jpg

寝てばかりのくせに、ワタクシと家の者が食事をはじめると、料理の匂いに反応し、鼻をすんすんさせます。ううっ、落ち着かないぞ。

mo001.jpg

短い覚醒時間には、もれなく「撫でて!」要求を激しく発信です。無視・放置すると、やがて、うおおお~ん、うおおお~ん、と遠吠えするのでした。この遠吠えは、決してネコのものではなく、ずばり犬、であって、たぶんペットホテルで知り合ったワンコから仕入れたネタと思われます。

撫でると、もこはゴロゴロ、ルールーと音を立てて嬉しそう。

mo002.jpg

さて、こんなもこですが、「私は、寝てばかりの役立たずじゃない!」というアピールでしょうか、ごくたまに、キリッとした目で虚空を見つめます。おお、ねずみの10匹でも獲ってきそうな勢いだ。

mo004.jpg

という状態も数分と続かず、またぞろグーグー睡眠モード。。。こんなふうに、元気にユルい、もこの日常でありました。ちゃんちゃん。

mo006.jpg

nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

Ms.OOJA カバーアルバム「The Hits ~No1 Song Covers~」にジーンとする日。  [ジャズ、ロック、ポップス]

3月は年度末。忙しいのは例年のお約束ですが、今年はちょいとヘヴィーであります。会社にいるのは週に1、2日程度。それも自席に座って2時間もすると、出張に出なければならない。バタバタして、忘れゴトも出てきます。風呂に入っているときに、未回答の問合せだのシゴトの日限が頭をよぎり、まったりできず、かえって疲れたりします。ぷはあ~。

そんな昨今、よく聴いてるをCDをご紹介。

Ms.OOJA(ミス・オオジャ)さんによる「The Hits ~No1 Song Covers~」であります。彼女の4枚目のカバーアルバムです。

OOJA1.jpg

冒頭1曲目の、中島みゆきさん「空と君とのあいだに」を聴いただけで、うはあ、これは良いぞお、と思ってしまう。

以前、クリス・ハートさんのアルバムでも書きましたが、ワタクシの考えるカバーアルバムの肝とは、シンガーのオリジナリティでもなければ凝ったアレンジでもありません。「この曲って、なんて良いんだろう!」と、素直に思わせること、この一点に尽きます。

Ms.OOJAさんの歌の上手さは当然として、声の素直さ、熱唱しすぎない節度、そして、適切なディクションが実に好ましいのであります。

ところで、日本という国は、なぜ、ディクション(歌唱発声)を重視しないんでしょうね?男性シンガーにありがちな、ささやくような歌い方、くぐもった発声、本人はカッコ良いと思っている(のであろう)巻き舌などなど、ウンザリしてしまいます。曲の聴かせどころで、言葉が聴き取れないのは本末転倒ではないか。文部省唱歌のように歌え、とは言いませんが、クリーンな発声というのは重要なものです。

ハナシを戻して、Ms.OOJAさんのアルバム。80年代~90年代の日本POPSのヒット曲連発に、懐かしさとともに、じわーんと感動があふれます。松田聖子さん「瞳はダイアモンド」、安全地帯「悲しみにさよなら」、岡本真夜さん「TOMORROW」、スピッツ「空も飛べるはず」・・・いやあ、嬉しいですなあ。

ということで、Ms.OOJAさんを聴きながら、来週もガンバルゾーと気合がはいったところで、今日はお終いっ。

Ms.OOJA 「The Hits ~No.1 Song Covers~」(2015年)

①空と君のあいだに(中島みゆき/94年) ②Winter, again(GLAY/99年)

③慟哭(工藤静香/93年) ④真夏の夜の夢(松任谷由実/93年)

⑤瞳はダイアモンド(松田聖子/83年)

⑥朝がまた来る(Dreams Come True /99年)

⑦悲しみにさよなら(安全地帯/85年)

⑧PIECE OF MY WISH(今井美樹/91年) ⑨TOMORROW(岡本真夜/95年)

⑩my graduation(SPEED/98年)、⑪いつまでも変わらぬ愛を(織田哲郎/92年)

⑫空も飛べるはず(スピッツ / 94年)


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

アース・ウインド&ファイアーの、モーリス・ホワイトさんがご逝去。 [ジャズ、ロック、ポップス]

2016年にはいって2か月以上が経過しました。その間、ポップ、ロック、ヘヴィメタルの大御所たちの訃報がいくつか入っております。

1月10日に、デヴィッド・ボウイさんがご逝去。なんたって、もう!(と力が入る)ジギー・スターダストですよ、トム少佐ですよ、地球に落ちてきた男ですよ、アンダー・プレッシャーですよ、大島渚監督の戦メリですよ、と順不同で思い出は尽きない。悲しいです・・・ここで「レッツ・ダンス」が出てこないとこが世代でしょうか。嗚呼。

ハードロック/ヘヴィーメタル界の激震といえば、2015年12月28日、モーターヘッドのヴォーカル/ベーシストのレミー・キルミスターさんの死去であります。映画「極悪レミー」のキャッチコピーじゃないけど、「世界が滅亡しても、レミーとゴキブリは決して死なない」とまで言われたお方。もちろん、チャック・ノリスさんも死なないでしょうけど。。。めっちゃストレート&シンプルな男臭いハードロックを、独特のダミ声で歌いまくる姿から「死」が連想できませんでした。名曲「Ace of Spades」が改めて心にしみます。合掌。

個人的に、一番ショックだった訃報は、なんといっても

モーリス・ホワイトさん、

であります。2月3日に74歳でお亡くなりになりました。

そうです、1970年代に、アース・ウインド&ファイアー(以下、EW&F、と略記)のリーダーとして、大ヒットをバンバン世に送り出した方。ネットで確認したところ、EW&F、のレコード売り上げ枚数は、累計9000万枚だそうで、いまさらながら「スゴイ!」と感服した次第。

MW2.jpg

まったくの偶然ですが、ワタクシ、ホワイトさんの亡くなる3日前、つまり1月31日に、なにげな~く、EW&FのベストアルバムをCD棚から引っ張り出して聴いてたんですね。「20年前だったら『古いな~』と思ったけど、今聴くと、この突き抜けっぷりが新鮮だよなあ。良いなあ~」と感じました。ホント、そう思います。ディスコブーム云々、と世間は月並みな文脈でEW&Fの音楽を語るけど、彼らのファンキーで分かりやすいグルーヴは、そんな分類をブッ飛ばすほどに「魅力的」なのであります。

「セプテンバー」「ブギー・ワンダーランド」「レッツ・グルーヴ」といった名曲のイケイケ感、たまりませんね。音楽ってのは楽しいのが一番!はじけます。EW&F、は衣装は派手だし、9人のメンバーがステージでワサワサ動くスタイルさえ味になっていました。

どーでもいいハナシですが、原題「FANTASY」という曲が、邦題「宇宙のファンタジー」までは分かるが、原題「Mighty Mighty」が邦題「宇宙よりの使者」は無理あるだろう!と、当時の洋楽にありがちなパターンに突っ込んでしまいます。

MW1.jpg

いずれにしても、モーリス・ホワイトさんの、ファンキーなパフォーマンス、ステージでの決めポーズ、が今は懐かしく思い出されます。ご冥福をお祈りします。

MW0.jpg

nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感