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学会発表に必ずいる、「変な敬語(謙譲語)」を乱発する発表者たちにウンザリする話。 [雑感]

富山県ネタは前回で終わるつもりが、宗旨替えして今回も富山であります。富山大学で開催された某学会(2017年3月15日~17日)。発表を聴いてると、気にさわる言い回しをする講演者がけっこういる、つう指摘であります。

ネガティブな話の前に、まったりした風景をご紹介。JR富山駅から、富山大学五福キャンパスへ徒歩移動のさい、神通川(じんづうがわ)脇の土手道を通りました。

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ゆったり流れる神通川。川面のゆらめきが、なんとも気持ち良いのです。

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富山駅から徒歩10分でこんなのどかな風景!気に入ったあ、この街。

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以上がステキな風景の件でした。

では本題です。「学会での講演者の気にさわる言い回し」であります。

たぶん、そう感じるのは私だけではないでしょう。プレゼンのなかに、余計な敬語(謙譲語)を無思想に盛るので話が、やたらまどろっこしい。聞いててイライラする!具体的には次のふたつのパターンがあります。

(1) 無意味に、へりくだるパターン

講演の冒頭、「これから〇〇大学の〇〇が、発表させていただきます」という程度の、へりくだりは許せます。ところが、講演が進むほど、この「〇〇させていただく」パターンを乱発するやつがいるんですね。いいかげん鼻についてくるゾ。

「装置の試験をさせていただきました」「データ解析をさせていただきました」「まとめをさせていただきます」

おい、あんた。聴講者からもらった寄付金で研究したわけじゃないだろう。「させていただく」って、いったい誰に対して、へりくだっているんだ?

試験をさせていただいた → 「試験した。」

解析をさせていただいた → 「解析した。」

まとめをさせていただいた → 「まとめた。」

で十分ではないか。くどい言い回しは時間ロスになり、相対的に本論(研究報告)の発表時間が減るわけです。バカもいい加減にしろ、と言いたい。なぜ、こんなザマになるのか?酷い場合は、講演後に本人に指摘しちゃうワタクシですがね(おせっかいオヤヂですいません)。

(2) なんでもかんでも、「してあげる」パターン

次はこれ。流行りでしょうか。料理番組で聞く言い回しですね。

野菜に塩を加えてあげる。魚を軽くあぶってあげる

私だけが妙に感じるのか。〇〇してあげる、というのは、基本、人に対して使う表現であって、相手(対象)が、野菜や魚つうのは、ものすごく違和感を感じる。学会講演で適用される例としては・・・

「回路にコンデンサを追加してあげる」「材料に酸化鉄を加えてあげる」「金属の先端を削ってあげる」

うわあ、やめてくれえ、と叫びたくなります。

コンデンサを追加してあげる → 「コンデンサを追加する

酸化鉄を加えてあげる → 「酸化鉄を加える

先端を削ってあげる → 「先端を削る

で、問題ないじゃん。そんなに「あげて」何をどうしようってのだ。アゲアゲ狙いか?(なんのこっちゃ)

それなら一歩踏み込んで「セクハラをしてあげる」「横領をしてあげる」「おやじ狩りをしてあげる」くらいのエキセントリックさが欲しいよ、って、そりゃ根本、ダメだろう。

ワタクシは日本語の乱れが云々、なんて指摘をしたいわけではありません。学会講演(発表)とは、研究成果の披露・報告が目的なのだから、余計な敬語の乱発で、決められた講演時間を無駄にしちゃいかんだろ、ということ。

誰ひとりとして「お前の講演は失礼だ!先輩たちへの敬語がなっとらん!」なんて言いませんよ。だから些末な枝葉(=謙譲表現)はやめ、シンプルに話せ、ってこと。とってつけた、へりくだりや語尾は要らんから本質(研究成果)をちゃんと語れよ、ってことです。

大学、研究所、企業の方々、その辺を、よお~く考えて後進の指導をお願いしますねっ・・・って、オレは業界ご意見番かっ!カァーーーッ(喝)!

ちなみに、枝葉の言い回しに気を使い過ぎる講演って、(上から目線で恐縮ですが)中身が薄いと相場が決まっておりますね。いや、これは言い過ぎ。失礼しました。

さて、3月17日(金)の午後セッションでワタクシも一般講演を行いました。他人に文句ばかりじゃいけん、オレもやるぜえ、という心意気で演台に立ちました。「まず魁より始めよ」ってか。私のプレゼンには無駄な「へりくだり」は一切ございません。一方で、本論とは関係のないプチ・ギャグをまぶす、という、むしろ「それが一番ダメじゃん!」の体たらくであります。だが、どう現場で滑ろうとも、この芸風は変えませんよ。って、他人に厳しく自分に甘い最悪の性格が露呈したところで、今日はお終いっ。ちゃおー。


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武田梨奈さん主演「ワカコ酒、シーズン3 (BSジャパン)」がついに2017年4月より開始であります! [雑感]

2017年3月も半ばとなりました。いわゆる今年度(2016年度)の年度末です。数値(受注、売上、利益etc)のまとめで急激に忙しくなってる方もおられましょう。

ワタクシは、といえば、多少の計数整理はあるものの、一応、エンジニアですので年度末に忙殺まではなりません。目下、3月中旬の某学会(富山大学)の講演準備をしています。発表用パワーポイントの、どの箇所に、講演内容と関係ない飼い猫「もこ」の画像を入れ込むか?うーん難題・・・って、それが悩みかよ。

さて、テレビ番組は(と、急に話題が変わりました)、4月が番組改編時期であります。

あまりテレビを観ないワタクシですけど、これは楽しみ、と待ち遠しくなる新番組開始の情報がありました。BSジャパン(BS7)で4月7日(金)夜11:30から放映の、

ワカコ酒 シーズン3

であります。武田梨奈さんが演じるキュートなワカコちゃんに倣って、「ぷしゅー」と満足の溜息が出ちゃうのであります。

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このシリーズは「1」「2」とも、おおいに楽しめましたから、いやがうえにも期待が高まりますなあ。

主人公の独身OLワカコ(武田梨奈さん)が、酒豪ゆえの性から、夜な夜な酒場をめぐり一人酒を楽しむ、というノンベイ向けに特化した驚異のコンセプト。これでドラマが成り立つのか?と思いきや、いつのまにかワカコちゃんの決めゼリフ(?)「ぷしゅー」が病みつきであります。ニーチェ先生だったら、「あまりに、あまりにノンベイ的な・・・」と超人的につぶやくことでしょう。ぷしゅーぅ。

さて、BSジャパンに拍手を送りたいのは、単発ドラマの田中要次さん主演「猫とコワモテ」の再放送です(3月18日13:30~)。主人公は、強面(コワモテ)に似合わず大の猫好き、という設定。内容といえば、彼がただただ猫を可愛いがるつう潔いもの。連続ドラマになってほしいけど、動物メインだと難しいんでしょうかねえ・・・。「猫侍(ねこざむらい)」より、圧倒的に「猫とコワモテ」のほうが好きなんだけどなあ。

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また酒好きのハナシに戻ります。BS11(BSイレブン)です。ワタクシが毎週絶対に観ちゃうのは、長く続くこの番組。

太田和彦 ふらり旅、いい酒いい肴

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酒と酒場に精通する太田和彦さんが、日本各地をまわり、街の見どころを紹介した後、お気に入り酒場でタイトルどおり、いい酒といい肴を堪能する1時間番組です。

さすが、太田さんは、この手の酒場番組の本家だけあって語られるウンチクもキラッと光っているし、酒場のご主人やおかみさんとの会話には、知性と酒場愛がにじんでおりステキです。観ているこっちも、ほおがほころんでくる、優しく見事な語り口に毎回、脱帽です。いいなあ、オレも太田さんのようなノンベイになりたい!

というわけで、2017年4月以降も、吉田類さんの天然系ノリの酒場巡り(BS-TBS「酒場放浪記」)と、太田さんの「いい酒いい肴」はワタクシにとって見逃せない番組なのであります・・・といっても、録画して週末にまとめて観るので、見逃しはありませんけどね。ちゃんちゃんちゃん。


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流行りの「働き方改革」。動機付けには良いと思うけど、具体策をしっかり考えることが重要ですなあ。 [雑感]

昨年(2016年)から耳にするキーワードのひとつが働き方改革ですね。

昨年夏、「働き方改革実現推進室」なるご立派な組織を政府が立ち上げ、安倍首相は「最大のチャレンジは働き方改革」と力説してました。あれれ、いまはトランプ大統領対策に路線変更かな?(下図は内閣府の公表資料より転記)。

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長時間残業、非正規雇用など日本社会に根付く労働問題を改善し、働く人たちの健康を守るとともに、業務効率化を進め生産性アップだあ、と、字面を見れば、おっしゃっていることは正しい、と、こうゆうお話であります。

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そう、おっしゃっていることは正しい!

だが。しかし。ハウエヴァー。

天邪鬼なワタクシはついツッコミを入れたくなるのであります。

改革を実現できるかは政治家云々より、(当然ですが)労働者自身の意識、雇用側(企業側)の意識、そして具体的な手法に依存するわけです。

少なくとも現時点(2017年3月時点)、会社ごとに温度差はあるでしょうが、やっている対策は「残業時間の規制強化」「終業時間の徹底」といった外枠から締めるパターンばかりです。たとえば、22時以降の残業には事前申請が必須だの、毎週〇曜日は20時に職場を消灯し強制帰宅させるだの・・・。

モノゴトは動機付けが大切ゆえ、取り組みは否定はしません。でも、何かがどっかでズレてるように思える。

よく聞く言いぐさがこれです、「効率的に業務をこなして、就業時間内に成果を出し、早く帰宅しよう」。

おいおい、それができりゃあ世話ねえよ。

じゃあ、日本の労働者はこれまでダラダラと無駄に働いていたとでも言うのかね。業務時間を意識すれば、短時間で同量の仕事をこなせたとでも言うのか?いったいゼンタイ、どこの国の人間に向かって言ってるのだ。日本人(の労働者)をバカにしてもらっちゃあ困るぜ、と反論したい。

そりゃ私の周りにも目を疑うほど非効率なアホはいます。どうみても無駄な残業をしている輩もいます。しかし、それが全員ではなく、多くの日本人は、仕事への責任感のもとで、それなり効率的に働いていると思いますよ。

「業務効率化」なんてヒトゴトみたいに言われると、「まったく、わかっちゃいないよなあ」とゲンナリしてしまう。

一歩突っ込んで、じゃあ何が非効率なのか?を考えねば策など出ません。時間枠で締めれば、自宅でモバイルパソコンを使って仕事をするなど、労働は見えないところに潜るだけ。つまり、見せかけの精神論で終わるだけです。

ひとつ言えるポイントは日本人の美意識。業務効率化を妨げている元凶と思う。悪習の代表は「社内向けの資料を無駄に立派に仕上げる」こと。お偉いさん向けにパワーポイントでプレゼン資料を豪華にまとめる。異なるソフトで作った資料はソフト変換し電子ファイルできっちり合本。見栄えが良いだけで、中身の薄い膨大な資料の出来上がり。これすなわち、見せる側のマスタベーション、見る側の虚栄心ってやつ。ほぼほぼ無意味でしょう。(そもそも短時間の会議に、そんな分厚い資料は読めないんだしさあ)。

課のミーティングでさえ、ご立派体裁の資料がデフォルトなんてえ職場、ザラにあるでしょう。ばかばかしさの極みですなあ。身内(社内)向けに、大切な時間とエネルギーを浪費してどうするのだ。項目だけのレジメ、もっといえば手書き(殴り書き)で良いくらいだ(最終的にPDFで保存すればよい)。

その無駄時間を、本来の業務(顧客対応、企画立案、販売促進、商品開発、研究、装置の設計・製作)に向けるだけで、どれだけ全体の業務効率アップにつながることだろうか。

さて、社内を向いた無駄と無為を謳歌する一方で、社外=顧客対応、がサッパリ、というトホホ事例も事欠きません。

たとえば、打合せ議事録です。大型設備の顧客対応において重要な書類です。この議事録を会議中に書かない(書けない?)ヤツが多すぎます。彼らは、打合中はメモをとり、それを社内に持ち帰ってパソコンで議事録をつくるんですね。バカ野郎が!と言いたい。

議事録とは打合せをやった、という単なる記録ではなく、会議に参加した全員が、打合せの結果に「了解」「同意」したエビデンスなんです。だから議事録には、会議メンバーの直筆サインがなければ意味を成しません。直筆サイン(=合意)があってこそ、後々モメゴトになったとき、議事録はエビデンスとして効力を発揮します。会議の「その場」で書いて、全員が目を通してサインが基本。つまり、「その場ですべきことは、その場で終わらせる」というスタンスを徹底すれば業務は効率化するってこと。書類の見栄えを優先して、基本をはずすなら、それを無駄と言わずしてなんといおう。

ま、言い出すときりがありませんなあ。

さらに根本的なハナシをするなら、企業は、「お客様は神様です」を信条とする卑屈な乞食意識からそろそろ抜け出さないと、どうしょうもないですよ。本来、客は金を払い、企業は金額に見合ったモノやサービスを提供する対等関係なんだけど、日本ではとにかく「客が偉い」。お客様が言ったから、という理由で、精神的・物理的に労働者にどれだけ無理を強いてきたか。そんな悪慣習を変えるためには、企業トップや管理者は、「契約」に基づいた顧客との正しい関係を保持し(ときには、客に対しても毅然とした態度をとって)実務者を守らねばなりません。日本はあべこべに、「お客様のため」を殺し文句に、管理者が実務者に理不尽を強いてるんだから世も末だなあと思う。

最後に。

エラソーになりますが、「働き方改革」を本気で進めるなら、企業も実務者も何が問題で、それをどう解決すべきかを「自分の頭」で考えてほしいですね。過去に「ゆとり教育」「成果主義」「グローバル対応」などの時代の流行りキーワードがありましたけど、当事者意識のカケラもない人たちが、こぞって、お隣ではこうやっているから、と上っ面の真似ごとに走り、大失敗した例もいっぱいあったわけです。

成果主義導入だから、と、業務評価はすべて数値化するだの(バカじゃないの?)、グローバル化に遅れまいと日本国内の社内会議まで、日本語でなく英語を使うぞだの(どんな無駄だよ?つうか日本人どうしで恥ずかしいだろ)、今となっては赤面する、おバカなネタもたくさんありましたっけ。

そんな、マヌ〇な経営者の、余計なユーモア(?)を無くせば、働き方改革って意外に簡単に実現できるかも・・・ですね?

まとまりなくなったのと、無駄に文章が長くなったので(この無駄も改革対象?)、今日はこれでお終いっす。ちゃんちゃん。


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常磐線特急「スーパーひたち」の座席ランプに、違和感を持っちゃうワタクシでした。 [雑感]

先週は、福島県いわき市へ出張でした。

いわき出張の移動手段は、JR常磐線「スーパーひたち」であります。品川駅から、いわき駅までを結ぶ特急電車。昨年、車両が一新して快適になりました。

新型車両には、いままでこの路線の車両に無かった新機能が付いたのです。各座席ごとに上部(荷物棚下側)に設けられた「座席状況ランプ」ですね。

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ランプは、赤、黄、緑(青)、と自動的に点灯色が切り替わります。

座席の空き状況で、色が変わるんですね。おお、便利じゃのお。

ランプの恩恵を受ける方は、指定席を買わずに(買えずに)乗った客。ランプ色で「今後も空席なのか?」が分かるのです。逆にいえば、指定席を持った乗客にとっては特に効能はありません。

たとえばこうゆう状況です。急いでいたので指定席を買えず指定席車両に乗ってしまった。車内を見渡すと、どの席もガラガラなので、とりあえず空いている席に座りビールを飲んで寝ていたら、次の停車駅で、その席の予約客が来てしまい、追い出されるように移動。しばらくすると、移動した席にも、次駅で予約客が乗ってきて、またぞろ移動・・・という悲しき車内流浪の旅を、このランプは(一応)解消できるわけです。

で、本日のお題は、このランプの「点灯色」と「意味」の対応に、ワタクシはどうも違和感を覚える、つうハナシであります。

説明が座席テーブルの裏に記載されています(下写真)。

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ランプが「赤色」点灯の座席は、「空席」=座って良い、という意味。

ランプが「黄色」点灯の座席は、「そろそろ指定席を買った方が乗ってきます」=もうすぐ塞がります、という意味。

ランプが「緑色(青)」点灯の座席は、「指定席販売済み(予約済み)」=先約がいるので座れません、という意味。

説明がまどろっこしくて申し訳ありませんが、ワタクシの違和感は、ずばり、

空席を示すランプ色は「赤」ではなく「緑」ではないか?

つまりJRさんの設定とは逆ではないのか?というもの。

私個人のイメージは「赤」とは禁止で、「緑(青)」とは許可。たとえば、交通信号だって「とまれ(進むな)」=「赤」、「進んで良い」=「青」となっていますもん。その考えを敷衍すれば、この座席は空いている(=座れますよ)の表示は、直感的に、赤ではなく、緑(青)じゃん?と思ってしまう。

ちなみにネットでチェックしたら、案の定、私と同じ違和感を持つ方はおられましたね。以下は、JR東日本のHPより。

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議論のポイントのひとつは、この座席ランプって、そもそも「誰のために設けたのか」という点でしょうね。私は「指定席を持っていない乗客」と勝手に思いました。このランプをたよりに空席を探す。だから、「赤ランプ」点灯で「座ってよい」(許可)は妙だよ、と思う。でも待てよ、もしかするとこのランプって、指定券を持った予約客のためなのか?・・・ん??

まあいいや。電機設備の運転/停止を表すランプじゃないから、意味を間違っても感電死するわけではない。点灯色なんて、どっちだって良いのでしょう。すくなくとも座席情報を提供しようというJRさんの前向きな姿勢、心意気は、ありがたく思うわけです。(私は指定席を買ってから乗るので、今のところ恩恵にあずかっていないですが)。

たぶん今後も、座席ランプを見るたびに小さく違和感を持ちつつ、スーパーひたちを使わせていただきます。

以上で、お終いっ。


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満島ひかりさん主演の「人間椅子」。2017年正月にツボにはまったテレビ番組はこれ! [雑感]

昨年大晦日、出張先(宮城県)から関東に戻り、2017年の年明けは千葉県の自宅で迎えることができました。めでたし。

正月は、午前中を近所での散歩、午後にゆっくり日本酒を呑むぞお・・・と気合を入れた矢先、天罰てきめん。元旦午後から発熱と激しい腹痛で寝込んだのでした。結局、貴重な年初め3日間、病に臥せったのであります。嗚呼、涙。

1月2日。多少、体調が良くなったので、映画「リング」の貞子がテレビ画面から出る体で、寝室布団からはい出し、そのまま這いながら居間へ移動。ソファーで毛布スマキ状態になって、観るともなくテレビを眺めておりました。

うーん、つまらん・・・。

絶望的につまらん。毎年のことながら正月バラエティ番組(特にお笑い)のバカ騒ぎにゲンナリです。どの局も似たような番組を作るわなあ、とマイナス感動。ま、この浮かれポンチ感が正月だと言われれば、それまでですが。箱根駅伝にも全く興味ないしなあ。

そこで昨年末(12月28日~31日)に録画した番組のチェックを始めました。よかったあ!まずツボにはまったのがこの番組。

「ラーメン大好き小泉さん」。12月29日に年末スペシャルが放映。

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ラーメンに人生をささげる美人女子高生、小泉さんが名店ラーメンを食べ歩きながら、ラーメン愛とうんちくを披露し、同級生と友情ドラマを展開する・・・つう無茶苦茶なコンセプトだけど、主演の早見あかりさんの浮世離れっぷりがスパイスになって実にヨロシイのです。

店でラーメンを食べることはめったにない、腹痛のワタクシをして「ラーメン食いたいぜ」と思わせる小泉さん、というか、早見あかりさん、恐れ入りましたあー。

さて次が本命。NHK-BSで年末3日間に亘り放映された「シリーズ 江戸川乱歩短編集Ⅱ」の3作品。1本あたり30分。「パートⅠ」と同様、満島ひかりさんが名探偵、明智小五郎を演じるぶっとびキャスティングが継続です。満島さんの独特な演技スタイルは今回も素晴らしい(好みは分かれそうだが)。しかしワタクシが食いついたのは明智小五郎が登場しないこの作品でした。

変態性欲ここに極まれり、の奇作「人間椅子」であります。

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江戸川乱歩が1925年に発表した「人間椅子」。醜い風貌を持つ貧しい家具職人が、自分のつくった大きな革張り椅子の内部をくりぬき、こっそりと中へ入り込み、椅子に座る人々を背後から抱きしめるようにして体の重みや、ぬくもりをわが身に感じ性的快感を得る・・・考えただけでゾワーーッとする気色悪いストーリーです(乱歩先生、よくこんな発想ができたなあ)。

NHK-BSは原作をほぼ忠実にドラマ化しました。素晴らしいのは、やはりというべきでしょう、椅子に隠れた変態男に愛される美貌の女流作家、佳子を演じる満島ひかりさんですね。変態から愛される姿が似合うのは、さすが「愛のむきだし」で場数を踏んだ満島さんだ・・・って、マニアックなネタですいません。

変態椅子男から届いた告白文、要旨は「私はずっとあなたの書斎で、あなたの座っていた椅子の中に潜んでいた」を読んだ佳子の、ぞおおーーっ、と悪寒の走る様、このドラマはほぼその絵面で進行するわけです。

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変態男の欲望表現は、「タモリ倶楽部」のオープニング(テーマ曲が流れる箇所)のような人物の尻のうごめき、背中のうごめきでなされます。黒背景に「そこ」だけ浮かび上がってエログロ感がナイスです。この演出家もかなりの変態だな・・・ふふふ。

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と、一応、オカズ部分も褒めましたが、やっぱり満島ひかりさんのエキセントリックな演技に話は戻ります。手紙の内容のあまりの気味悪さに震えあがり、一度は放り投げた手紙を、じりじりと這いながら拾いに行くこの芝居。薄い寝着から透ける満島さんの生足に、こちらも変態椅子野郎の気持ちにシンクロし、ドキッ、ザワッ、としちゃいます。

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NHK-BSの制作の方には申し訳ないけど、今回の短編3作品に関していえば、満島さんが明智小五郎を演じた2作品より変態被害者の佳子を演じた「人間椅子」のほうが圧倒的に良かった・・・と個人的に思う。

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次回、「パートⅢ」を製作されるときは「陰獣」「芋虫」「踊る一寸法師」のラインナップでお願いいたします。

もちろん、満島ひかりさんの出演は必須、ということで。(「芋虫」はヤバそう、絶対に出来ないな)

ところで。

皆さま、「人間椅子」といえば20年くらい前でしょうか、イカ天に登場したロックバンド「人間椅子」を覚えていますか。現在も「人間椅子」は現役活躍中です。独特の世界観ゆえイロモノとして覚えている方が多いでしょうけど、ハードロック・スリーピースバンドとしてのテクニックは秀逸です。以下のライブ映像の3分経過したあたりからチェックしてみてください。ちなみに曲のタイトルは「なまはげ」です。

最後にこれまた動画です。「人間椅子」の変態世界を、いまどきアニメ(というのかな)に変換したような物件を見つけたので紹介します。女性が女性を・・・これもちょっと怖いね。意表を突かれました。ではでは。


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ネットニュースをみて苦笑いとともに、「やるなあ!」と変な感心をしちゃうハナシ。 [雑感]

前回記事に書いた学会投稿論文は、年末のバタバタをかいくぐり完成しました。社内承認を経て、締切り(2017年1月5日)前には、無事に手続き完了であります。本件は一段落。ふううーーー。

フト思ったのですが、論文投稿&講演という面倒くさいシゴトを、なぜワタクシは半年に1回繰り返すのか?それで私の人事評価が上がるでもない(そんな成果を求められる部門ではない)。周りの連中は一刀両断に拒否する厄介ごとを、頼まれもしないのに続けているワタクシ。なぜか。

ボランティア精神?マゾ体質?自己満足や虚栄心を満たすためか?

と真面目に自問してみるとハナシは単純ですね。理由その1、は「習慣」です。投稿日限に追いつめられるマゾ快感が習慣になって、これがないと落ち着かない。変な体質になったもんです。

理由その2は、さらに単純です。「人前での発表が好き」だから。出たがり、しゃべりたがりってこと。発表のお題はなんでもよいのです。技術系の内容でなくても、酒の飲み方でもロシア文学でもアリ。お、まるで自己顕示欲の塊の、うぬぼれバカじゃん。ちゃんちゃん。

自慢話はこの辺にして、話は変わります。

さきほど「会社での評価」なるタームが出ましたけど、ネットニュースを見てたら「こいつはスゴイ・・・」とマイナス感動するおバカさんを発見しました。朝日新聞デジタルより記事を転記します。

== 朝日新聞デジタル(2016年12月22日 20:28配信)より ==

上司のパソコン操作、自分の評価を上方修正

国交省職員国土交通省は22日、上司のパソコンを勝手に操作し自分の人事評価を改ざんしたとして、海事局の男性係長(20代)を減給3カ月(10分の1)の懲戒処分とし、発表した。

国交省によると、男性係長は今年9月の深夜に庁舎で、上司に当たる課長補佐のパソコンを勝手に操作し、自身の人事評価記録書のデータを入手。5段階評価を上方修正し、所見欄を褒める内容に書き直して、後日、課長補佐のパソコンからさらに上役の課長へメールで送った。

課長補佐が11月上旬、評価内容の本人開示の前に内容を確認し、改ざんに気づいた。男性係長は「自分の評価が気になり衝動的にやってしまった」と話しているという。

=== 転記おわり ===

これは面白い。実に味がある。そこまでやっちゃバレるだろう、というツッコミは彼(犯人)には大きなお世話でしょうな。

自分への「5段階評価を上方修正」に書き換えるだけで飽き足らず、「所見欄を褒める内容に書き直し」、あまつさえ「課長補佐のパソコンからさらに上役の課長へメールで送った」という本格派です。お前はミッション・インポシブルのイーサン・ハントか!と言いたい。

そして、このラジカル所業に対し、役所の処分は免職(クビ)ではなく「減給3カ月(10分の1)の懲戒処分」というのが、苦々しくも可愛いね。「デキゴコロだよね?」的なユル~イ温情判決に好感すら持てます。情報とは金額で評価できない重要なもの。同じ職場とはいえ、他人のパソコン内の情報を勝手に書き換えるなど、悪質な犯罪行為です。公務員の給料って税金じゃなかったっけ?減給したからって、こんなヤツの給料を国民が払わねばならないのか?

それにしても「自分への評価」が、そこまで気になるのでしょうか。

バカバカしい。組織は必ず他人(上司)が自分を評価します。他人が自分をどう見るかなど、相手の判断にゆだねられており、こっちの期待と無関係です。バツがつこうと、マルがつこうと、どうしょうもないじゃんか、と言いたいね。

マルを付けてほしい(=評価を上げてほしい)なら仕事を頑張って、あるいは頑張ったふりをして「正当に」評価されるのが王道でしょう。ただ、上司のパソコンから人事評価を書き換える短絡発想の人間には、地道な努力は不可能でしょうから、たとえば上司に酒をおごるとか、美人を紹介するとか、弱みを見つけ脅かす、とか変化球はいくらでもありましょう。

いや待てよ。パソコンへ侵入するハッキングテクと、大胆な改ざんをこなす度胸があれば、この公務員、役割を変えれば大活躍できるかも。映画「インファナル・アフェア」のように潜入捜査させてはどうでしょう。敵(?)の組織に潜り込み、ある程度の信頼を得たらキーマン(ボス)のパソコンにアクセスし、危険なテロリスト情報を見つけ出す。まさにミッション・インポシブルだっ、と、思いきや、そこでも自分への評価が気になって、5段階評価を上方修正して、それがばれて減給50%、いやこの場合は処刑かなあ・・・って、全然進歩してないよ。ちゃんちゃん。


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遺言書の作成に手がつかず、来年(2017年)へ先送りとなりました。 [雑感]

日本人は、この手の話題を口に出しただけで「縁起でもない!」とソッポを向く傾向があります。しかし、年齢が50代半ばのワタクシには大切なテーマであります。

ずばり「遺言書」について、です。

まあ、遺言を残すほど、私に大層な財産はないけどその点は脇に置いて。

現在、特に病は患っていないワタクシですけど、人間なんていつなんどき死ぬか分からぬもの。作家の山田風太郎さんいわく、

死は推理小説のラストのように、本人にとって最も意外なかたちでやって来る(「人間臨終図巻」より)。

けだし名言です。人生の終わりは予測不可能で、はかないもの。突然その時(死)が訪れた場合、残った者に余計な苦労をかけないための心遣いがユイゴンってことです。

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どうです、オレって、しっかりしてるでしょ!と自慢したいとこですが、実は、遺言書の必要性について、私に熱弁をふるったのは札幌の友人カニオでした。彼は、1か月ほどのヨーロッパ放浪旅を敢行するさい、万が一を考えて遺言書を作ったそう。おお、私の友人とは思えぬ立派な心掛けだ。

遺言書の目的とは、当然ですが、財産相続に関する意思表示(指定)です。預貯金のように分配できるものならまだしも、住んでいた家とか、家具とか、自家用車は、数が「1」ですから人数割りができません。遺言が無い場合は、相続権を持つ者たちが話し合いをして、誰が何を受け取るかを決めるんですな。しかし、人間ってのは根本が欲得ですから、すんなり話がまとまるとは限らない。むしろ、もめるのが普通でしょう。

たとえばですよ、故人の自宅は売却して、現金に換え相続者で分配・・・という結論が出たらどうなるでしょう?残った配偶者は住む家すら失ってしまいます。そんな最悪ケースだって起きないとは言えません。

死んだ当人(自分)は、あの世にいるから遺産問題などどーでもよいが、現世サイド(遺族)はとんだ迷惑というわけ。話し合いが長引けば、親族間の人間関係にもヒビが入りそうです。

ということで、それなりの年齢に達したヒトは大人の責任として、生前に財産贈与方針(意思)、つまり遺言書を残すべきと・・・カニオ、良いことを言うなあ。

カニオ説に感化されたワタクシ、2016年は遺言書を作るぞ!と気合(だけ)は入ってました。でも気づくと、うわあ、今年も12月じゃん。本件、素直に来年へと持ち越しです。なんにもしないのもイカンので、「日本一楽しい遺言書教室」なる本を読みました。せっかくの遺言書に法律上の不備があってはいけませんから、と読み始めたら、この本、けっこう面白い。法律は概して素人に難しいですが、おかげさまで楽しく勉強できました。

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ところで、不思議なものですなあ。遺言書を書く、とココロに決めると、なんとなく気分スッキリです。いつか必ず訪れるけど今まで直視していなかった「自分の死」という現実に向き合うと、ノーテンキな私も事務的には済みません。人生を振り返るだけでなく、おおげさに言えば、「生きる意味」まで考える良い機会になりました。

と、かっこいいことを書いたとこで今日は以上です。ハイっ。


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コンサドーレ札幌 2016年 J2優勝&来年度J1昇格おめでとうございます! [雑感]

それほどスポーツ好きとは言えませんが北海道出身、本籍は札幌のワタクシ、2016年は、プロ野球、日本ハム・ファイターズのパ・リーグ制覇と日本一に、おおいに感動しました!パチパチ。

しかし、あれから1か月がたった今、選手のトレードや、年俸などの生々しい話題ばかりで、優勝時の感動が薄れてきた感があります。

そんな本日、北海道人(ワタクシのような他県在住の北海道出身者を含む)を喜ばせるニュースがこれです。

コンサドーレ札幌、2016年優勝!!どおーーーん。

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サッカーの話題です。優勝だあ!まいったか!といっても「J2リーグ」のハナシ。世間で脚光を浴びるJ1とは対照的に、J2はニュース番組で報じられることも少なく、順位表が画面に数秒間うつるのが関の山。新聞も試合結果のみ小さく掲載する程度です。

でも、スゴイじゃないか!

来年(2017年)は、なんと、J1昇格なのですよ!はっはっは。

2016年の日本ハムと同様、コンサドーレがスポーツ界に北海道旋風を巻き起こしてほしい。大谷選手をまねて二刀流にチャレンジだっ(サッカーだと二刀流ってイメージがわかないけどネ)。

と、気合を入れた矢先にイヤーなことを思い出しました。コンサドーレ札幌は、過去、J1昇格したと思ったら、あっという間にJ2へ降格という苦い経験をしているのです。悲しいですね。今回こそは、チャンスを無駄にしないよう、J1に定着いただき、あわよくば上位入賞いや、J1制覇(優勝)を目指してほしいです。

個人興味の低いプロ・サッカーゆえ、どんな選手がいるのかも分かっていないワタクシですが、郷土愛(?)から、にわかファンとなり、2017年はコンサドーレを徹底応援することにしましょう。

コンサドーレ札幌の皆さま、2016年のJ2優勝、そしてJ1昇格、

おめでとうございましたあ!


豊洲市場の「盛り土」問題。役人たちの「たかをくくる」「棚に上げる」体質が、見事に発揮されてますね。 [雑感]

出張で、北海道に行こうと九州に行こうと、TVでニュース番組をつけると、必ず登場する話題が「豊洲市場の盛り土(もりど)問題」であります。

しょせんは関東ローカルなネタじゃん、全国放送で取り上げることかあ・・・と斜に構えるワタクシ。食の安全云々よりも、「盛り土」を突破口に、小池知事が対抗勢力(都議会)に圧力かけてるってハナシでしょ?と、下司の勘繰り的にしか見れないのでありました。

とはいえ、「たしかに役人のやることって、こうだわ」と脱力しつつ腑に落ちる部分があるので、そのことを書きます。

まず、問題の現状を、ネット記事よりコピペさせていただきます。

=== 以下、NHKニュースWEB (9月30日)より ===

【豊洲市場問題 内部調査 誰が盛り土せずと決定か特定できず】

豊洲市場の土壌汚染対策をめぐる問題で、東京都が進めていた内部調査の報告書がまとまり、最大の焦点だった、盛り土を行わない方針をいつ誰が決定したかについては、最後まで意思決定が明確にされないまま工事が進められたとして、特定できなかったとする内容となりました。

(中略)

(調査結果に)よりますと、担当局内では、市場が開場したあとも土壌汚染を継続的に点検するための作業空間「モニタリング空間」を地下に設ける「案」が平成20年から議論され、次の年の平成21年には地下に重機が置かれたイメージ図が作成されるなど、案が具体化していきました。

そして、平成22年から25年にかけ、土壌汚染対策の検討が本格化し、建物の設計を作成する過程で、平成23年8月にモニタリング空間を地下に設ける「方針」が、部課長級の幹部会議で確認されたということです。

しかし、盛り土を行わない方針までは明確に意思決定がされないまま工事が進められたとして、報告書は、盛り土を行わない方針をいつ誰が決めたのか特定できなかったとする内容になっています。

(後略)

=== 以上、NHKニュースWEBからの転載終わり ===

うーん。

建築工学や環境安全の観点から、「盛り土をする」べきか、「盛り土をしない(空洞を作る)」べきか、は専門外のワタクシからは言及しません(できません)。

ここでは、問題を3点に絞ります。お役人(?)たちが、①盛り土をする計画を、勝手に変更していたこと、②変更を明らかにせず、都民に嘘をつき続けていたこと ③計画変更の経緯が不明確なうえ、決定者(責任者)が不明であること、となりましょう。

乱暴に話をくくると、本件に関わった役人さんたちに通底するメンタリティは、以下のふたつの言葉で表現できます。それは

「たかをくくる」「棚に上げる」

であります。

もちろんワタクシには真実はわかりません。ゼネコンと政治家による利権がらみの悪質な誘導があったかもしれないし、まったく違った裏事情があるのかもしれません。

とはいえ、多くの組織と膨大な人間がかかわる市場の新設計画です。関係者のココロに共通する「何が」があったとすれば「たかをくくる」「棚に上げる」性質と思うのです。

一度でも官公庁関係の仕事をされた方なら理解できるでしょうけど、とにかく役所というところは意思決定が遅い。工事設計のささいな修正も、承認まで数か月間かかったりします。なぜそんなに遅いのか?理由は簡単、日本の役人さんたちは複数の組織にまたがったプロジェクトの運営に慣れていないからです(正確には「向いていないから」です)。

各人の責任範囲は限定されているとしても、組織間の意思疎通をはかり、早急に物事を決めて進めるのが「役人」たるものですが、日本の場合、その逆で、縦割り組織にセクショナリズムが絡んで、何を決めるにもダラダラと無駄な時間が費やされるます。まさに悪夢であります。

そこで、官公庁に限ったことではありませんが、大工事になるほど、複数組織を横断的に連携させ、全体を統括する「プロジェクト・マネージャー(プロマネ)」が重要になります。ところがどっこい、このプロマネが、日本だと、問題をさらにややこしくするんですね。

本来、プロジェクトの長(ちょう)たるプロマネがリーダーシップを発揮して、関係省庁や複数部門と協議、交渉、調整を推進するはず・・・ですが、言葉は悪いけど、日本の官公庁案件で、プロマネは「お飾り」にすぎず、彼は「下々の者たちよ、しっかりやんなさい」と訓示するだけ(であることが多い)。プロマネは意思疎通の先導者でもなく、ましてや物事を決定する責任者でもないんです。

プロマネがまともに機能しないので、日本の役人たちは、なあなあに組織全体(と書くと聞こえは良いが、要するにイイカゲン)に惰性と慣習だけで物事を決めることになります。

こんなバカげた体制と体質で、どうして数百億円、数千億円の大工事が成り立つのでしょうか?

良い言い方をすれば、実務職員の一人一人が責任感とそれなりの能力・裁量を持っているので、トップダウンでコントロールをしなくても現場(実務)シゴトが着々と進むわけです。さらには、おいしい公共事業にむらがる優秀な工事業者が、しっかりと役人をバックアップするので、工事費の増大さえ気にしなければ(本来、それこそが重要事なのではあるが)、大船に乗った気持ちでプロジェクトが粛々と進行していきます。

ここに大きな落とし穴があります。実務サイドに任せておけば、うまくこなせてしまうがゆえに、豊洲のような「基本工事の計画変更」が発生すると話を表ざたにせず、内々でこっそり済ませよう、という心理が働くわけです。彼らを擁護するわけではないが、もしも計画変更をルーチンどおりに、再度の有識者会議にかければ、公に「計画変更の必要性」を説明し、関係者の合意を得ねばならず、1年くらい平気で工事工程が遅れてしまうんですね。それは許せない、というわけです。

日本人の良いところであり、同時に悪いところは、「計画を遅らせたくない」「スケジュールどおりに完遂させたい」という気持ちが強すぎること。狂気にも似たオンスケジュールへの執念が、工事費増大を招き、行うべき段取りを省く、という問題行動につながるんですね。

役人だってバカじゃない、つうか、実務者は優秀ですから、「こりゃあ、いかん」と感じた人はいっぱいいるはずです。

そこで出てくる第一の心理が、前述の「たかをくくる」です。手順は踏んでないけど、ま、いいよな、昔からこのやり方で済ませてたから・・・と惰性で安易に自らを納得させてしまいます。もし、まなじりつり上げ、「これはいかんと思う!」と職場で叫んだところで、お前、あほか?と言われるだけです。ならば慣習という言い訳に自分を埋没させ、見て見ぬふりで物事を進めるのは、当然の行為とさえいえましょう。

さて、「自己納得」をより強化するのが「棚に上げる」心理です。これは、後ろめたいことが発覚したときに発動されます。俺は必死に頑張って仕事をした、些末な手続きや報告など、俺以外の「誰か」が処理すべきこと、と、あくまで他人のせい、組織のせい、と思いこむのですね。「自分のことは棚に上げて」、悪いのは他人、というわけです。

まるでストーカー殺人の犯人が、取調室で「被害者にも問題があった」とハナシをすり替えるのに似てます。たしかに自分も当事者ではあるが、「その部分は」無関係で、別の当事者がいるのだ、という・・・。

かように、豊洲の問題から、役人たち(+政治家たち)が「たかをくくって」物事を勝手に進め、問題が発覚したときには自分のことは「棚に上げる」という構図が浮かびあがってくるんですね。

ですから、小池知事がいくら頑張ろうと、盛り土問題の経緯や責任者は特定できないと思います。だって、みんなが「自分は責任者ではなく、計画変更を決めたわけではない」と言い張るだけだから。同じように、工事費が当初の見積りの何倍にも膨らんだ事案も、決して責任者を特定できないでしょう。悲しい話ですが・・・。

それにしても、おかしな話です。

本来、こうした問題が発覚したときに、明確な説明をして、責任をとるのがプロジェクト・マネージャーですよ。

豊洲市場の工事計画には、「お飾り」でもプロマネは存在しなかったのでしょうか?これだけの大工事を、統括する人間が不在で進むなんて、少なくとも私の常識では考えられません。私が過去にかかわった産業プラントのプロジェクトでは、必ずプロマネはいましたよ。

盛り土の計画変更以前に、いったいぜんたい、どんな体制と責任下で、新市場の計画は進められてきたのか、その根本体制(体質というべきか)が大問題ですよね。その点は、調査報告でも指摘はされていますけど、海千山千の役人連中にとっては反省するどころか、「大きなお世話」といったところでしょう。

さて、たいして興味のないテーマに長々と文章を書いたら、眠くなりました。今日はこれでお終いでございます。ちゃんちゃん。


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利いた風な口をきく人たち。そして迎合していく人たち。嗚呼。。。 [雑感]

あまりテレビを観ないワタクシですが、会社から帰宅した後、30分ほどニュース番組は眺めます。

ここ連日、報道が続いたネタといえば東京都知事、舛添さんの公私混同問題ですね。辞任され、急激に興味が薄れた感はありますが・・・ああ、ラッスンゴレライ。

本件はしょせん「東京ローカル」なハナシ、北海道出身で千葉県在住のワタクシにとって食いつきは、ほぼゼロでした。

しかし「どうも気に入らんなあ」と引っかかる点がありました。それはニュース番組で一般市民に「舛添さんの件を、どう思いますか?」と街頭インタヴューしたときの「返答」です。それが「いやだねえ、せこいねえ」とか「嘘がバレバレ!」みたいにごく率直な内容なら腑に落ちるんです。

ところが、なかには、こうおっしゃる御仁がいます。

「国民に対し、きちんと説明責任を果たしてほしい」

笑っちゃいますね。アンタ、いったい誰なんだよ?一介の市民(という表現も変だけど)が、「国民に対して」とか、どんな大正義を振りかざす?ましてや、「説明責任」など実生活では使いもしない単語を持ち出すとは、見ているこっちが恥ずかしくなります。野党議員や、ニュース番組のコメンテーターの受け売りじゃんか、とツッコミたくなりますな。

これいわゆる、「利いた風な口をきく」ってやつですね。

モノゴトの事実関係が明るみになり、結果を知ったうえで、鬼の首でも取ったかのように「正義」の視点から大上段にコメントする、こうゆうメンタリティーを「品がない」というのであります。

ま、そこまで非難するのも失礼か。柔らかく表現すれば「自分の語るべき言葉がないので、他人の言葉で語る」という、よくいるタイプなんでしょう。

「この場面では、こうゆう発言が妥当だろう」と世間評価ありきの型にはまった発言をする。ご本人は、日本代表の体であります。テレビの「シロウト」コメントを聴いていると、そんな付和雷同化が、いかに進んでいるか、まざまざ感じますね。はたしてこれは良いことか、悪いことか。

たとえば身近な人が犯罪被害にあった場合。コメントは「犯人は絶対に許さない。出所したらぶっ殺してやる」・・・これがもっとも「素直」な意見でしょうが、世間受けする、たとえば「今後、同じような犯罪が起きないよう行政は改善努力をしてほしい」あるいは「今回の事件を無駄にしないでほしい」と、当事者とは思えぬ模範解答を述べてしまう。

もともとは、テレビ局が無難なコメントを採用して、刺激の強いリアル本心は放映しない「選別」があったんだと思います。ところが、そうこうしているうちに「採用される意見が正しいのだ」と、自らの言葉と意見を失って、報道されるコメント=理想、と勘違いする本末転倒な輩が増えた・・・と、まあ、こんなメカニズムだと勝手に解釈します。

他人と(世間と、というべきか)異なる意見を持つと、仲間外れになるから、本心から発露した好き嫌いを言えず(言わず)、表向き周囲に迎合して、反作用として、匿名が許される場所で陰湿な攻撃をする。そんな悪循環?すら予想されますね。

ここでまたぞろ舛添さんの件に戻りますが、「この人(舛添さん)は非難もしてよい」という世間の了解(らしきもの)が漂ったとたん、どいつもこいつも迎合して、舛添さんを、けちょんけちょんに叩きはじめる。たしかに公私混同は良くないけど、これじゃあ個人の正義も矜持もない単なるストレス解消の集団ヒステリーです。

こんな体たらくだから、日本という国は戦争をしちゃいけないんですね。お墨付き(らしき集団同意)さえあれば、なんでもやっちゃうんですから。残虐行為や大量殺戮などお手のもの、システマティックにきっちりとこなすことでしょう。

いずれにしても現代における「個人の意見とはなにか」をワタクシ、反省もふくめて、よーーく考えたいです。考えてもどうせ分からない、とは思いますけど。

・・・と、こちらが「利いた風な口」を、さんざん並べ、話が散らかったところで、今日はお終いっ。


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