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チョン・ミョンフンさん指揮 マーラー交響曲2番「復活」の熱いステージに大興奮! [クラシック音楽]

2017年7月21日(金)、新宿初台にあるオペラシティに行ってきました。このコンサートを聴くためです。

東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会。

世界的マエストロ、チョン・ミョンフンさん指揮によるマーラー作曲交響曲2番「復活」であります。

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ワタクシ、この楽曲はコンサート(実演)であろうと、CD(録音)であろうと、オーケストラがどこであろうと、指揮者が誰であろうと、基本、なんでも満足しちゃうのであります。それほど愛しているのであります。初めて聴いた15歳のときから、40年間も惚れ続けてます。エラソーになりますが、人間には、こうした「全面的に好き!」な音楽が、せめて1曲は必要だと思う。

ちなみに世間のヒトたちは、分かっている楽曲に対するほど、やたら細かい指摘をはじめて、あの箇所の演奏がどーの、その指揮がどーの、と重箱の隅をつつく比較論を展開しがちです。玄人(くろうと)っぽいけど、そーゆーの、しょせんは虚栄心の表れにすぎないと思う。評論家を気取ったって無意味であって(つうか、チケット代がもったいない)、好きなら四の五の言わずに、その音楽世界に浸ればよいのであります。もちろん、あまりにも演奏がヘタとか、指揮者が奇矯な解釈しすぎ、という例外を除いてのハナシではありますが。

余計なことをいろいろ書いちゃいましたが、本題に戻ります。

7月21日の、マエストロ・チョン・ミョンフン指揮によるマーラー「復活」についてです。オケに加え合唱と女声ソリスト2名を要する、90分のヘヴィーな曲。ややもすれば、まとまりなく大騒ぎして終わりました、つう体になりがちですが・・・

と書くと、そのあとの文章は「この日の演奏はそうではなかった」が続くと思うでしょう。ところがドッコイ、誤解を恐れずに言えば、この日の演奏、まさに、しっちゃかめっちゃかの大騒ぎ、だったのであります。

その点こそが素晴らしかった、と思うのであります。

1990年代あたりから急激にマーラーの交響曲がポピュラーになり、マーラー演奏は洗練の一途を辿ってきたように思います。本来は、「イビツ」で「とりとめがなく」それゆえ得体のしれないエネルギーをムラムラと発散させていた曲を、聴きやすく面取りしてナンボ、みたいな。

チョン・ミョンフンさんは、そんな流れに抗うかのように、きれいな(余計な)化粧は施さずに、楽曲まんま、どどーんと提示する豪快ストレート勝負であります。それゆえ、過去に聴いたどの「復活」よりも面白く、しかし演奏が破綻しかけるスリリングな場面もあり、それが実演ならでは、の醍醐味となっています。

コンサート(実演)というものは、これくらいやって良いのです。キズのない優等生的演奏なら、自宅でCDを聴けば十分であり、ワタクシは、そんなもの実演に求めちゃいないのであります。

チョン・ミョンフン先生!そして、熱演を繰り広げた東京フィルの皆さま!ありがとうございました。

いやあ、楽しかった。90分間が、ほんと、あっと言う間でした。


そうそう、チョン・ミョンフンさん指揮によるマーラー「復活」は、ソウルフィルとのCDも出ておりますね。未聴ではありますが興味がわいてみました。とはいえ、当曲CDをすでに23セット保有しているワタクシ、さすがにこれ以上、同じ曲のCDを買うことに抵抗があります・・・とほほ。

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台風で疲れた夜に、ベートーヴェン「七重奏曲」、ウエーバー「クラリネット五重奏曲」の渋い演奏が心地よし。 [クラシック音楽]

本日(2017年7月4日)は台風3号が日本に接近、各地で大雨を降らせております。

ワタクシ、昨日(3日)は北海道の札幌出張、今朝、新千歳空港から伊丹空港へと飛び、今日は神戸で打合せでした。刻々と台風が接近する関西地方。あんのじょう午後から豪雨となり、こりゃあヤバい!と夕方5時に会議を終えるや、三宮で酒も呑まず、JR新神戸駅へ直行します。

台風の大雨or強風で東海道新幹線が止まるまえに東京へ着かねばなりません。幸いダイヤどおり運行し、21時には東京駅へと到着。後から知ったのですが、私の東京着のあと、静岡界隈で東海道新幹線は止まったらしい・・・おお危機一髪じゃあ。

ところがドッコイ(死語?)ホッとしたのが悪かったか、自宅へ帰るべく都営浅草線(地下鉄)宝町駅へ行くと、なんとまあ!人身事故で運行がぐちゃぐちゃなのです。原因が台風ではなく人身事故とは。むむむ。なかなか来ない電車、そのうちホーム上にお客さんがあふれてきます。これじゃあ電車が来ても満員で到底乗れそうにないぞ。

切り替えの早いワタクシ、都営浅草線を諦めて、雨に濡れながら銀座線の京橋駅へ移動です。銀座線で上野まで出て、そこから京成線へ乗り換えてぇ・・・と、いつまでも関東ローカルなネタを続けてもしょうがないですな。要するに、苦心惨憺して、やっと家に着いた、という報告です。(まとめると話は簡単でしたな)

北海道~関西での出張より、夜の都内移動で疲れてしまった。はああ~~。

というわけで家に着くなりガーッとビールを飲み、オーディオの前にどかんとすわり、さて、このモヤモヤ気分にはどんな音楽を聴くべきか?とCD棚から選んだのがこのディスク。

ベートーヴェン「七重奏曲」と、ウエーバー「クラリネット五重奏曲」がカップリングされたオワゾリール・レーベルの1枚。エンシェント管メンバーによる古楽器演奏で録音は1990年です。当時(27年前)は、先鋭的とさえ評された演奏が、ここ20年間あまたの古楽器演奏を知った耳に、古色蒼然の「渋い味」すら感じさせます。

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今となっては、この演奏(CD)を高く評価する人は皆無でありましょう。しかし!

ワタクシは、この演奏が好きなのだあっ!(思わず力が入りました)

どこか達観したような落ち着き、それが聴いてて安心するんですなあ。全体としては地味で微温的ながらも、ときおり顔を出すキラッと光る瞬間がステキだと思う。

昨今流行りの攻め一辺倒の高カロリー演奏は、それはそれで良いんだけど心身疲れた(ちょっと大げさかな)台風の夜には、そんなもん聴きたくないねえ。ああ、この曲は良いなあ、と思わせるフツーで地味でも堅実つう、こうゆう演奏が今夜のワタクシの求めるところであります。

いろんなゴタクを並べたけど、このCDの目玉は、名手アントニー・ペイさんのクラリネットの音色で決まりでしょう。ペイさんの節回しは桃源郷に住む仙人かあ、つう世俗超越の技なのであります。

ダラダラ記事になってしまった。すいません、とハナシをまとめたところで今日はお終いっ。パカー!(=じゃあね!)

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ル スコアール管弦楽団 第42回演奏会。ストラヴィンスキーとニールセンを、見事に演奏しきった力量と気合に感動です。 [クラシック音楽]

昨日(2017年7月1日)、墨田区の、すみだトリフォニーホールでアマチュアオーケストラのコンサートを拝見しました。

都内を拠点とするル スコアール管弦楽団の演奏会です。年2回ペースで、今回が42回目の演奏会だけあって堂々たるものでした。「アマチュア」の語から想像する域を超えたハイレベルな演奏を聴かせてくださいました。

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いやあ、話がクドクて申し訳ないですが、各メンバーの演奏技術は本当に素晴らしいです。お世辞ではなくプロ・オーケストラの演奏と言われても、そうだよね!と思うほど。弦楽器は、鳴りといいメリハリといい文句のつけようがないし、アマ・オケの弱みといえる管楽器や打楽器も完璧と言ってよいです。

強いて難をいえば、音楽以外の本職を持つ皆様が、時間制約のなかで練習するためか、「合わせ」つまり楽器間のバランスがどうしても難しいですね。オケが強奏するなかで、どのラインを活かすか、となると、さすがに本職の職業音楽家に強みがありますものね。

ところで今回の演奏会。選曲がすごかったです。

前半は、ストラヴィンスキーのファイヤーバード=「火の鳥」全曲版。「ペトルーシュカ」「春の祭典」とともに彼の3大バレエ音楽の一角をなす代表作であり、かつ、20世紀以降に発表されたオーケストラ音楽のうちでも最大級の問題作といえます。私は、CDでは何種類か演奏を聴いてますが、実演は今回が初めてでした。

結論を言いますと、いやあ~感動しました~。「火の鳥」ってこんなに良い曲だっけ?と目からウロコ。

バレエ実演無しの「音楽のみ」ゆえ、50分の長丁場だと途中でダレるのでは?と懸念しましたが、とんでもございません。ル スコアール管弦楽団は、あるときは色彩豊か、あるときは激情をほとばしらせながら、弛緩のカケラもなくフィナーレへと流れこみます。これぞ「火の鳥」の名演。拍手拍手!

それにしても、なんつう奇妙キテレツな音楽だろう。。。昨今のクラシック音楽ファンは、こうゆう楽曲もベートーヴェンやモーツアルトと同じジャンル(=クラシック音楽)としてフツーに聴くのでしょうか。クラシック音楽を50年ちかく聴いてるオールド・リスナーの私は、若い頃の刷り込みゆえか、いまだ刺激的(率直に言えばヘンテコ)な音楽に聴こえます。ストラヴィンスキーやバルトークの音楽は大好きですけど、繰り返して聴く類ではなく数年に1度、たま~に聴くのが良いなあ、と個人的に思う次第ですな、はい。

おっと話が、脇へ逸れてしまいましたね。

ル スコアール管弦楽団、第42回演奏会の後半プログラムにいきましょう。うはあああ~おひょおお~(←興奮しすぎ?)ありがとうございます。選曲した方には感謝してもしきれません。ワタクシの大好きなこの曲だから、です。

ニールセン 交響曲第4番「不滅」であります。

デンマークの作曲家ニールセンが残した交響曲は全部で6曲あり、ワタクシにとってのTOP1が「第3番」、それに次ぐフェイバリットが「第4番『不滅』」であります。1位2位をつけたものの、どちらも私の偏愛曲です。

ル スコア―ル管弦楽団は、秀逸な管楽器軍団が、あの嵐のような冒頭の全強奏をガオーッとばかりに響かせるわけです。次に、いったいアナタは何者ですか!つうくらいのスゴワザのティンパニ奏者さん(女性)がバチをふるうわけです。続けて乱高下するジェットコースターばりのメロディを、合奏バッチリの弦がガシガシ弾き切るわけですから、こっちとしてはスカーッと「溜飲が下がる」。この日本語は、こんなときにこそ使う言葉であります。

当曲の最大の見せ所(聴かせどころ)といえば最終楽章でしょう。ステージに向かって左奥のティンパニと、右奥のティンパニ2名による「掛け合い連打」です。このパフォーマンスには、他奏者(弦、管)は分が悪い。フリージャズじゃあ、つうくらいの連打、いや乱打にクラシック音楽以外のジャンルならば観客総立ちで、ヤンヤヤンヤ盛り上がる場面でございます。

このノリを例えるならば、バディ・リッチとマックス・ローチのドラムスガチ対決か、アルバム「Drum Night at Birdland」のアート・ブレーキ―、エルヴィン・ジョーンズ、フィリー・リー・ジョーンズ、あと一人(名前忘れた)のドラム合戦!あるいはハードロック界の千手観音(←私が勝手に命名)こと故コージー・パウエルさんのスーパープレイ!はたまた超絶テクニシャンの神保彰さんか!?

・・・つうくらいの劇的ノリと興奮のなか、ニールセン「不滅」は幕を閉じたのでありました。パチパチ。。。

嗚呼、なんという良い曲。そして見事な演奏。気づけばホホを伝わる涙。ダウランド「流れよ、わが涙」・・・ちょっと今、思いついた連想。本論と関係なくってすいません。

ラ スコアール管弦楽団の皆さま、迫力あるステージをありがとうございました。そしてお疲れ様でした!


【蛇足】

CDマニアのワタクシが愛するストラヴィンスキー「火の鳥」のディスクはこれです。ジャケット写真は、ロシアの名指揮者ゲルギエフさんですが、浮浪者っぽい面相ゆえ、風景イラストに変えたほうが良かったと思います。このCDの演奏は、キッチリしすぎておらず、野性味と美しさが絶妙に同居している点で、とにかく飽きさせない。良い意味で「面白い」演奏です。カップリング曲がスクリャービンの交響曲という点もポイント高しだ!

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次に、ニールセン「交響曲第4番『不滅』」。定番としては、ブロムシュテットさん指揮サンフランシスコ交響楽団によるクールビューティな演奏ですけど、あえて別モノをチョイスしました。勢いあまってスゴイことになっっちゃてるディスクです。晩年のコリン・デイビスさんがロンドン交響楽団を指揮したライブ盤。またぞろ演奏と関係ないツッコミで恐縮ですが、これまたメカニックなジャケット・デザインには難を感じます。内容とあまりにも不一致だもん。CD製作にかかわる方々は、もうちょっとアートワークに、こだわってほしいもんですなあ。うぐぐ。。。

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「死」を想起させる音楽。スクリャービンの奥深さに遅ればせながら気づいた日。 [クラシック音楽]

ワタクシ、50代半ば過ぎのジジイゆえ、最近、知り合いの「死」との遭遇が増えてきました。

自分が若い頃は、亡くなる方といえば知り合いの親御さんや、ご退職された大先輩だったりでしたが、いまや、ごく歳の近い先輩、さらには同級生も亡くなり、こーゆーことを言うと日本では「縁起でもない」と言うけど、いや、まったく、自分も着実に死に近づいているな、と、当事者感ひとしおであります。

以前、当ブログで書きましたけど、ガンで亡くなった絵本作家、佐野洋子さんの名言「死ぬのは嫌じゃないけど、痛いのは嫌だ」が妙にワタクシのツボにはまるのです。そう、痛い、とか、熱い、とか、寒い、は勘弁してほしい。

死に関する名言はほかにもあります。「死と太陽は正視できない」という有名な箴言を残した17世紀の貴族ラ・ロシュフコーさんに、さらに皮肉が利いた名言があります。いわく

「死を解する人はほんの僅かである。人はふつう覚悟を決めてではなく、愚鈍と慣れで死に耐える。そして大部分の人間は死なざるを得ないから死ぬのである」(「箴言集」より二宮フサ訳)

あるいは、もっとクールにいわく、

「人を失って悲しいよりも惜しむ気持ちが強いことがある。その一方で、悲しいがその人を惜しいとはほとんど思わないこともある。」(同書より)

こりゃあ辛辣ですなあ。オレはどうか。死んだら自分はこの世にいないからどうでもいいか。悲しいとも惜しいとも思ってくれなくていい。まあ生きてるうちだから、こうして強気に言えるのかもしれないけど。

さて、本題であります。(って、今まではなんだった)

最近のワタクシ、自宅CD棚から、昔に買ったCDを引っ張り出して聴くのが好き。自慢じゃないけど(自慢だけど)、一生かかっても聴きとおせないほどの大量CDを買い込んでますから、選択肢は実に豊富。で、先般、なにげなくロシアのスクリャービン(1872年~1915年)のピアノ・ソナタ全集を、10年ぶりに聴いたのです。そして「うっ」と声が出ちゃいました。

スクリャービンの音楽ってこんなに凄かったの!?あわてて彼の作曲した交響曲(+協奏曲)のCD2枚を引っ張り出し再生すること2時間、今度は「おおおお~」と大声が出てしまいました。

なんといってもこのCDですね。交響曲第4番「法悦の詩(うた)」、ピアノ協奏曲、交響曲第5番「プロメテウス」がカップリングされた1枚。故ピエール・ブレーズさんがシカゴ交響楽団を指揮し、ピアノ独奏はアナトール・ウゴルスキーさん。指揮者もピアニストも、ちびまる子ちゃんのおじいさん的風貌ですが演奏は素晴らしい。調べてみると1996年録音で発売が1999年。発売後、すぐに買ったから、18年間、このCDは我が家の棚で眠っていたことになる。うーん不覚であった。

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と、抽象的なコメントばかりではいけませんね。スクリャービンさんはラフマニノフさんと音楽院の同級生だった方ですが、作風はまったく異なり、月並みにいえば「神秘的」であります。美メロ+起承転結のロマン派音楽からは完全脱却(ただし中期以降)し、得も言われぬ、むわわあ、とした雰囲気で攻め込んできます。その中途半端というか煮え切らない感じが、20年前の私のツボには、はまらなかったのでしょう。

しかし今は違う。エラソーに言わせていただくと今のワタクシ、スクリャービンの楽曲に、神秘的という漠然な印象ではなく、具体的に「死」や「終末」の臭いを嗅ぎ取るからです。マーラーが交響曲で描きだす大げさな「死」ではなく、もっと得体のしれないモノが、もやもやむらむらと「死」を醸しております。もちろん作曲者が意図したとは思いませんが、私にはそう聴こえる。

もう一枚のCD。スクリャービン交響曲第3番「神聖な詩」。リッカルド・ムーティさん指揮のEMI盤です。1989年録音。正直、この盤よりも良い演奏(のCD)は世間に出回っているのでしょうけど、私が保有する同曲CDはこれだけ・・・うーん、性に合わない演奏だけど曲は良いね。ここでも音楽から、じわーーっと、「あの世の感じ」が漂って、たまらんと思いました。ちなみにカップリング曲が、チャイコフスキーの管弦楽曲「ロミオとジュリエット」は違和感いっぱい。同じロシアだからって無理がないかあ。

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以上、「死を想起させる音楽」として、スクリャービンさん楽曲に堪能した1日でありました。

とってつけたようですが、この日、最初に聴いたピアノソナタ全集では、ピアノソナタ9番「黒ミサ」に渋い味があり、目からウロコでしたね。しかし曲のタイトルに「黒ミサ」って、どうなんでしょう。ああ、エコエコ・・・アザラク・・・。


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ブラームスの「ピアノ四重奏曲1番」は名曲だ!と改めて感じる東京国際フォーラムでの1日。 [クラシック音楽]

ゴールデンウィークから2週間も経った今更ではありますが、2017年5月6日(土)にクラシック音楽の祭典に行ったハナシを書きます。

首都圏在住のファンにすっかり定着した感のある一大クラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン『熱狂の日』」であります。ゴールデンウィーク後半5月4日~6日、会場は有楽町にある東京国際フォーラムで開催。東京のど真ん中で朝(10時)から晩(22時ころ)まで複数ホールを使い、延々クラシック音楽の実演が催されます。それも、数の多さだけではなく質だって一流。国内外の実力派アーチストが登場します。50代半ばのワタクシとしては、ヘヴィメタルの祭典「ラウドパーク」も捨てがたいが、やはりクラシック音楽方面へとココロは向かうのであります。

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と、前置きが長くなりましたが、今回、ワタクシが狙った公演はこれです。どどーーん。

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5月6日(土)朝10時開演。ハイドンのピアノ三重奏曲25番とブラームスのピアノ四重奏曲1番というプログラムです。演奏者の紹介は割愛させていただきます。

分かってはいるけど改めて楽曲の素晴らしさに感動しました。今年2017年のイベントテーマは「舞曲の祭典」です。室内楽曲はどうなる?と思っていたら、な~るほど、その手がありましたか。ハイドンのピアノ三重奏曲25番は別名「ジプシー・ロンド」で、ハイドンらしからぬ(?)終楽章のはじけっぷりが最高です。そして、ブラームス先生のピアノ四重奏曲1番は、シェーンベルクさんがオーケストラ・ヴァージョンに編曲したことでも有名。劇的かつ攻撃的な名曲であります。

実演を拝見して、もう、たまりませんね。感激です。とくにブラームス。ワタクシの愛する「ピアノ四重奏曲1番」、嗚呼、なんて良い曲なのだろう。ワタクシの最近の口癖=「オレはこの曲を知らないまま死ななくて本当に良かった!(まだ死んでないけど・・・)」が出てしまうね。演奏は、盛り上がるべき箇所をしっかり盛り上げてくれるツボを心得たもので、そこが嬉しい限りです。

ところで、演奏会場。いわゆるクラシック音楽用ホールではなく巨大教室にパイプ椅子を並べた仮設の体ですので、奏者の様子は見えづらいけど、音響はしっかりして問題なかったです。そして、会場を埋め尽くす観客の熱狂をみると、朝10時からこれだけの熱心なファンが集まるんだから、渋いジャンルの「室内楽」もまだまだ捨てたもんじゃあありませんな。

さて豆知識的な余談ではありますが今回のステージに登場したひとり、アレキサンダー・クニャーツフさんは国際的に有名なチェロ奏者(チェリスト)です。もちろん今回もチェロを弾きました。実は、彼はチェロだけでなく、オルガンも弾く「オルガニスト」と知ってびっくり。弦楽器と鍵盤楽器の両方のプロ奏者は珍しい。オルガン演奏のCD(バッハのゴルトベルク変奏曲)もリリースされており会場で販売されていました。下左はチェリストとしてのCD、下右がオルガニストのCDです。

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弦楽器と鍵盤の「二足のわらじ」といえば、ヴァイオリニストのユリア・フィッシャーさんが思い浮かびます。ピアノもプロ(録音あり)ですが、さすがに最近は本業(?)のヴァイオリンに絞って活動されているようで、ああ、残念だ・・・。美人は何を弾いても様になるのになあ、って、ヴィジュアルのほうかよ!ちゃんちゃん。

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クラシック音楽の演奏を脳内再生して、泣いているオレって・・・これも歳のせいか? [クラシック音楽]

昔のハナシでナンですが、45年前に買ったレコード(当然、CDではなくLP)、カラヤン指揮フィルハーモニア管弦楽団によるチャイコフスキー交響曲6番「悲愴」。1950年代録音の疑似ステレオ盤でした。そのLPが今、手元になくうろ覚えですけど曲目解説にこんな主旨の記述があったのです。

チャイコフスキーさんは曲を作り上げたのち、楽譜にする前に、「頭のなかで」繰り返し演奏しては、ひとり涙を流していたというのです。ご本人が手紙にそう書いているそうです。

どうです、これ。自作曲を「思い出し泣き」するとは、なんつうナルシスト、なんつう気障(キザ)野郎だ!と、当時、コワッパなワタクシは憤ったわけです。たしかに、交響曲6番「悲愴」は美メロのてんこ盛りで、どの楽章でもカタルシスが得られるスゴイ曲です。とくに終楽章は泣かせ倒しとさえ言える胸かきむしる激情展開に辛抱たまりません。とはいえ、頭のなかで曲をなぞって泣けるもんかよぉ、と懐疑的な45年前のワタクシでした。

さて、先般。

北海道出張で、ワタクシ、千葉県の自宅から電車とヒコーキを乗り継いで羽田空港→新千歳空港→札幌と半日ほど移動しました。持参した本は早々に読み終わり、しかたなく座席で目を閉じ、頭のなかで音楽を鳴らしていたわけです。曲はシューベルトの交響曲8番(旧9番)「グレイト」。1楽章、2楽章、3楽章と進み(脳内演奏し)、最後の4楽章が後半にはいったときのことです。ううっ、感動(?)で涙が頬をつたってきたのです。うへえ、かつてチャイコフスキー先生をキザ野郎と決めつけた自分が、同じように、音楽で「思い出し泣き」しちゃうんだ、とビックリした次第。

実は、今年(2017年)になってから、脳内で音楽再生しては涙ぐむことがしばしばあり、そろそろワタクシ、人生の最期が近いのか?なんて思ってしまう。あるいは、作曲家・指揮者の故ピエール・ブレーズ御大のいう「リスナーとしての円熟期」に、私もついに到達したのでしょうか。

まあ、そんな分析は良いとして、ワタクシが脳内演奏して涙ぐむ楽曲を、ちょいと整理してみました。残念ながら(別に残念でもないけど)ベートーヴェン、リスト、ワグナーじゃあ泣けません。泣ける曲とは、好きな曲というより「ツボにはまる曲」だから作曲家はかなり限定されます。かつ、何度も繰り返し聴いて、深~い思い入れがある特定の演奏がないと、泣くまでに至りません。

まずは交響曲。なんたって、チャイコフスキーの5番ですな。中学生のころ、毎日のように聴いたカラヤン指揮ベルリン・フィルの70年代録音(EMI)。やっぱり良い。次に、マーラーの交響曲2番「復活」。こちらも70年代録音でメータ指揮ウィーン・フィルで決まりです。天上へいざなわれるような終楽章の素晴らしさよ!

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協奏曲ですとモーツァルト。彼の天才が、これほどハッキリ表れた曲はないでしょ!と申し上げたい「クラリネット協奏曲」。デヴィッド・シフリンが名技を披露する1987年録音(旧盤)。ピアノ協奏曲だと23番。同じ「人類」が生み出したとは思えぬ驚異の名曲は、シフさんのピアノによるデッカの全集から。

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ピアノ独奏曲にいってみましょう。ワタクシが24セットもの同曲CDを保有するバッハ「ゴルトベルク変奏曲」です。ピアノよりチェンバロ(ハープシコード)の音色が好きなので、音盤としてはキース・ジャレットさん、レオンハルトさんも良いけど、ここは日本が誇る天才奏者、武久源造さんの90年代録音としましょう。ピアノ曲のもう1枚はシューベルトのピアノソナタ20番です。ルプーさんの旧盤が良い。終楽章で泣かないヤツがいるのかっ!と申し上げたい。

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室内楽曲は「思い出し泣き」にピッタリのジャンルです。はずせないのがメンデルゾーン「弦楽八重奏曲」。たった14歳でこのエネルギッシュな曲を作ったメンデルスゾーンが怖いよ・・・。もう1枚は、郷愁さそうチェロの朗々たる音から始まるドヴォルザークの「ピアノ五重奏曲(2番)」。弦楽四重奏とピアノのからみが絶妙なエマーソン・カルテットとメナヘム・プレスラー(ピアノ)の組合せがダントツでしょう。

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同じく室内楽曲。ワタクシの愛するブラームス先生の作品。PCで題名を打ち込んでいるだけで、メロディが脳内に響き渡ります。2曲の弦楽六重奏曲。ピアノ五重奏曲。そしてクラリネット五重奏曲。60年代後半から70年代前半にかけて録音されたべルリン・フィルのメンバーによる堂々たる決定版。そして、プレヴィン(ピアノ)、ムローヴァ(ヴァイオリン)、シフ(チェロ)のスーパー・トリオによるブラームス「ピアノ三重奏曲1番」。この歌心には、心底、震えますなあ。

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以上、マニアック、かつ、とりとめない、思い出し泣き名曲(の名演奏)というお題でした。ちゃんちゃん。

記事を書いているうちに、芋づる式に記憶が掘り返され、ワタクシが、音楽の実演を聴いて初めて泣いたときを思い出しました。コンサート会場ではなく、あるレストランでの出来事でしたけど、機会があればブログに書くことにします。誰も興味はないでしょうけど、自分の覚書きのために。本日は以上!

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ウェールズ弦楽四重奏団&金子 平さんによる室内楽リサイタル(紀尾井ホール)。ブラームスの名曲にクラッ。。。 [クラシック音楽]

2017年3月29日(火)、室内楽リサイタルを聴くため、千代田区にある紀尾井(きおい)ホールへ向かいました。地下鉄銀座線、赤坂見附駅からてくてく歩いて、こう配のキツい紀尾井坂を上ること数分。歳のせいか、この程度の坂でも息が切れます。ぷしゅーー。

当日の演目はモーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、と、王道中の王道であります。

それらの楽曲をスイスを拠点に活動中で評価がうなぎ昇りの日本人若手カルテット、ウェールズ弦楽四重奏団が奏でるのであります。加えてヨーロッパで大活躍された若きクラリネット奏者、金子 平(かねこ たいら)さんが登場。こりゃあ、期待に胸が高鳴るってもんです。

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前半のプログラム、モーツァルトのクラリネット五重奏曲(断片からの補筆版)、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲2番もステキではありましたが、

白眉はなんたって、ブラームスのクラリネット五重奏曲でございます。

聴くたびに思うんです、嗚呼、なんという美しい曲なのだろう!と。楽曲を包み込む微妙な陰影、そこから醸し出されるもの悲しさ、慈愛に満ちた優しさ、人生の機微・・・この完璧さの前に、言葉など出ないでしょう。ドンドン(力説して机をたたく音)

この曲を知らずに死ななくて、オレは本当に幸せだ!(まだ死んでないけど)

そして、誰が何と言おうと、ブラームスの室内楽曲の演奏は日本人アーチストが一番しっくりきます。演歌のココロを知る日本人だからこそ「ここぞ」という美メロディを、ちゃんと美しく弾いてくれる。なぜ、外国の方々は、肝心な箇所をビックリするくらい素っ気なく流すのか?照れ屋さんばかりなのか。

ウェールズ弦楽四重奏団の見事に溶け合う弦の音色の心地よさ。そこに、しっとりと絡む金子さんのクラリネットは木管楽器の美しさの極みでございます。

終始クラ~クラ~とエクスタシーに浸ったワタクシ、曲が終わると大拍手です。そうして大拍手するのは、紀尾井ホールを埋め尽くす観客全員、同様でした。室内楽曲のリサイタルで、ここまで会場が興奮する様は、なかなか見られるもんじゃあありません。虚礼ではなく心からの感謝がみなぎった熱い拍手でした。

クラシック音楽のなかで、とくにマイナーイメージのある室内楽曲。そのジャンルを深く愛する人たちが、少なくとも東京には相応人数が存在する、という、その事実だけでワタクシは嬉しくなってしまいます。

ありがとう、ウェールズ弦楽四重奏団の皆さま!ありがとう、金子平さん!

そして、永遠に弾き継がれるであろう名曲を残してくれた、モーツァルト殿、ベートーヴェン殿、ブラームス殿に、改めて感謝でございます。以上で、紀尾井ホールでのリサイタルの件はお終いっ。


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クラシック音楽のコンサート・レパートリーに、変化の兆しがみられる、という話。 [クラシック音楽]

コアなクラシック音楽ファンの皆様は、以下につづる私のイラダチに、多少、共感をいただけるかと思います。イラダチのお題は「クラシックのコンサートって、同じような曲ばかりが演奏される」という点。年末のベートーヴェン交響曲9番「合唱」の乱発は論外としても、

オーケストラ曲といえば、モーツァルト、ベートーヴェン、チャイコフスキー、ブラームス、ドヴォルザーク、シベリウス、マーラー、ブルックナー、シューベルト、シューマン、の交響曲が定番。ほかに、ラフマニノフのピアノ協奏曲とか、ムソルグスキーの「展開会の絵」、ホルストの「惑星」あたりですか。ハイドン、エルガー、ショスタコーヴィチ、バルトーク、ストラヴィンスキーという変化球も一応はポチポチ演奏されてはいますけど・・・。

ピアノ・リサイタルであれば猫も杓子もショパンでしょう。次いでベートーヴェン、モーツァルト、リスト、シューベルト、ドビュッシー、ラヴェル、ってとこうか。

作曲家の名を並べると、それなりヴァリエーションありそうに見えますが、それは甘いぜっ!有名作曲家といえどもステージで取り上げられる作品は限定的です。たとえばチャイコフスキー。後期交響曲(4番、5番、6番)とピアノ協奏曲第1番、ヴァイオリン協奏曲ばかりを聴かされる。それ以外の曲はほぼステージにかかりません。ドヴォルザークなら交響曲9番「新世界より」と8番、あとはチェロ協奏曲。ブルッフに至っては、ヴァイオリン協奏曲以外で実演に出会うことは皆無といえましょう。サン・サーンスの交響曲は第3番(オルガン付き)のみ。レスピーギなら「ローマ三部作」ばっかり。

つまり、評論家、演奏家、観客のいずれもが「揺るぎなき名曲」と共通認識したレパートリーを、ぐるぐる使いまわしているってわけですよ。

世界には、素晴らしい曲が他にもたくさんある!と力説したところで(実際に、そうです)、マニアック曲をプログラムに組み込んでチケットが売れなければ、楽団は経営が成り立ちません。集客を見込める有名曲をチョイスするのは経済原理的な必然といえましょう。

何十年もの間、この思想のもとでコンサートは繰り返され、惰性的に演奏曲が固着しました。まあ、こんなもんだわ、と諦め気分のワタクシでした。ところがです!ここ最近、変化の兆しがみてとれるんです。「こんな曲を演奏してくれるの?」とビックリする曲を目にして、うはあ、と声が出ちゃうこと、しばしばです。

たとえば世界的ピアニスト、ユジャ・ワンさんが、一昨年(2015年)、コンセルトヘボウ管との日本ツアーで取り上げた協奏曲はチャイコフスキーですけど、超有名な「1番」でなく、駄作の評価すら受けている「2番」でした。存在も知らんわ、という方がほとんどでしょう。なんつうマニアック!ほかには、ニールセン、カリンニコフ、スクリャービン、フランツ・シュミットの交響曲などが低頻度ながら演奏されるようになりましたね。よかこつです。

・・・という、長い前置きを終えいよいよ本題です。

ワタクシが40年間以上も深~く愛しているのに、コンサートでついぞ取り上げられなかった曲。どういう風の吹き回しか、2017年以降に2回もステージに登場なのです。その曲とは、

プロコフィエフ作曲 ピアノ協奏曲第1番

であります。プロコの協奏曲でコンサート・アイテムといえば、ヴァイオリン協奏曲1番と2番。ピアノ協奏曲なら3番がほとんどで、たま~に4番、5番が登場するくらい。ピアノ協奏曲1番など全く相手にされません。作曲者が学生時代(1912年)に作ったので「若かりし時代の習作」扱いされているのでしょう。

しかし、短いながらこの曲にはプロコフィエフのすべてが凝縮されていると思う。奇矯なメロディ(プロコらしい!)で、流れは強引かつイビツ。ソリストは全編ほぼピアノを弾きっぱなしの無理を強いられ、ラストは打鍵につぐ打鍵のままフィナーレになだれ込んでいく。その豪快さに溜飲が下がります。このキテレツ曲がプログラムに並ぶだけで、わくわくしちゃいます。ちなみに今後、演奏される二つのコンサートとは以下です。

2017年6月16日(金) 日本フィルハーモニー管弦楽団/東京文化会館

2018年1月19、20日 日本センチュリー交響楽団/ザ・シンフォニーホール(大阪)

文章が長くなったついでに当曲の録音(CD)に関してです。直近に発売されたCDは2015年録音、ハンヌ・リントゥさん指揮、オリ・ムストネンさん(ピアノ)のフィンランド人コンビによる演奏。奇しくもお二人は1967年生まれの同い年です(どうでもよい情報ですいません)。

ほかに、ロシアつながりでエフゲニー・キーシンさんのグラムフォン盤。アシュケナージさんによる模範的な演奏(DECCAの全集)。そのほかにマルタ・アルゲリチさんも録音を残しております。まあ、CDは少ないながらも入手可能、という話です。もちろん超定番のラフマニノフの協奏曲2番に比べれば、絶対数はたかが知れてるんですが・・・。

proko01.jpg

いずれにしても、大好きなプロコフィエフのピアノ協奏曲第1番の実演に、万難を排し行かねばなるまいっ!

ワタクシが狙うのは、前述のコンサートのうち、2018年1月19日、20日、日本センチュリー交響楽団の演奏会です。プログラムは前半がプロコフィエフ。後半がブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」です。なぜ、プロコとブルックナーなのか?あまりの作風の違い。そのギャップ。謎は深いぞ・・・。

最後に、プロコのピアノ協奏曲第1番のコンサート映像(YouTubeより)を貼り付けます。ロシアの若手注目株ダニエル・トリフォノフさんが素晴らしいピアノ演奏を繰り広げます。サポートするマエストロは、ゲルギエフ御大。オケはマリンスキーという鉄壁のロシアメンツです。拍手拍手!


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2017年最初のコンサート。小山実稚恵さんが弾くラフマニノフ「ピアノ協奏曲第3番」。 [クラシック音楽]

2017年、最初に拝見したコンサートについて書きます。1月3日(火)15時開演、会場は上野の東京文化会館でした。

東京都交響楽団「ニューイヤー コンサート 2017」であります。

ニューイアコンサート01.jpg

プログラム前半は管弦楽曲2曲です。チャイコフスキー幻想序曲「ロミオとジュリエット」と、ボロディン「だったん人の踊り」。20分間の休憩をはさんで後半はピアニスト小山実稚恵(こやま みちえ)さんを迎えてのラフマニノフの名曲「ピアノ協奏曲第3番」であります。

ニューイアコンサート02.jpg

ワタクシ、元旦から発熱と腹痛で寝込んで、1月3日のこのコンサートは半ば諦めていたのですが、当日の昼、なんとか出かけられる程度に体調回復。無事に拝見ができました。良かったわあ。

メインは後半のラフマニノフのコンチェルトでしょう。この曲、チャイコフスキーと並んでコンサート定番となった感がありますね。ワタクシ、「ラフ3」は昨年(2016年)だけで実演を3回聴いていて、正直、ちょいと食傷気味ではあります。

・・・と思って臨んだ1月3日の上野のコンサート。

小山実稚恵さんの豪快なラフマニノフを拝聴して、「うわ、やっぱり良いものは良い!」と、うっすら芽生えたマンネリ気分が吹き飛んだのであります。

さすがは名手、小山さん。若手ピアニストの台頭著しい昨今でも、彼女の存在感は揺るぎ無しであります。明確で、力強く説得力があり、音楽の喜びがホールに満ちるかのようなピアノの響き!

昨今増えつつある変化球的に強弱やフレージングをコントロールする「重箱の隅」っぽい演奏とは一線を画して、良い意味で伝統的王道をいく小山さんの堂々たる貫録は、もはや巨匠の域と言ってよいでしょう。

きっぱり!迷いなし!の清々しいピアニズムであります。

ラフマニノフはこうでなくっちゃ、と納得しきりの名演でした。いやあ素晴らしかった。

ワタクシの2017年のクラシック・コンサート通い、幸先良いスタートを切ることができました。小山実稚恵さん、ありがとうございました!半年先の話でナンですが、6月17日のシューベルトのソナタ(21番)も楽しみにしております。

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本日は以上でございます。はいっ!(きっぱり)。


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ブルックナー 交響曲4番は「森の木漏れ陽」?あるいは学会講演論文の投稿締切りの件。 [クラシック音楽]

気づくと近くに忍び寄るものといえば、なんたって「学会の論文投稿の締切り日」です。当ブログで毎年、愚痴っているネタですな。今回の悩みネタは、来年(2017年)3月に富山大学で開催される某学会の一般講演。論文(原稿)の提出日限が着実に迫っています。以下は事務局HPから抜粋。

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原稿提出期限(日限)が、2017年1月5日(木)19:00、ですよ。1月5日なんて正月明けで、まだお休み気分じゃん。

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・・・などと愚痴ってはいけない。もっと早くから作業に着手し、原稿を完成させておけば、どーってことない。しかしね、私は大学の研究者ではなく、メーカのエンジニアです。学会原稿なんぞより、食うための目先のシゴトを、どうしたって優先しますよねえ、とさえずってたら日限が近づいて、わあわあ・・・あれ?オレは誰に何を弁解しているのだろう。

これも半年に1度やってくる恒例行事。切羽詰まったといいつつ慣れたもんです。解析作業は昨日(12月17日)までに終わってますから、あとは文章を書くだけ。でもここから、どーも気が乗らないのです。忘年会続きで体調が悪くなったか。ああ面倒くさい。

というわけで、唐突に本題です。

重要事(論文作成)から目をそらしたい逃避行動の典型で、本日は朝から自宅オーディオ部屋で、クラシック音楽三昧していました。今は、ラモーの管弦楽曲が室内に流れています。原稿は出来なくても、音楽をきくと達成感がある・・・って、だめじゃん、それじゃ。

さて最初に聴いたCDです。20年前(!)に購入したオイゲン・ヨッフムさん指揮シュターツュカペレ・ドレスデンによる「ブルックナー交響曲全集」であります。たぶん、アナログ録音でしょう。ジャケットからして渋い。

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ブルックナー(1824~1896)の交響曲といえば、8番、9番あたりの大曲が昨今の流行りのようですが、ワタクシが最初に聴くのは「4番」です。昔は人気があって「ロマンティック」なる副題がついてたっけ。

なぜ、4番からか、といえば先日読んだ、池内紀(いけうち おさむ)先生の著作「ウィーン・都市の万華鏡」(音楽の友社)がツボにはまったからですね。ブルックナーに関する記述は、ざっとこんな感じです(要約)。

1880年代後半、60代となったアントン・ブルックナーはウィーン大学で対位法の教鞭をとっていた。3人の聴講生のひとりが、あるときブルックナーの前で、ブルックナー作曲の交響曲4番のモチーフについての論文を持参し朗読した。それに対し作曲者(ブルックナー)は感謝の言葉とともに、正直にも(!)「そのような壮大な意図をもって作曲したのではない」ことを告白したうえで、むしろ自分は以下のようなことを思いながら作曲したと語った。

「天気のよい日曜日。ウィーン郊外の森。多くの人が草地に座り弁当を広げる。頭上からキラキラした木漏れ陽が落ちてくる。。。」

このくだりを読んで私はプチ衝撃を受けましたね。ブルックナー好きの方はどうでしょう?「森の木漏れ陽」を思いながら、大伽藍を彷彿とさせる大仰な巨大音楽を書いたというのか?その日は森に隕石が落ちたか、UFOでも不時着したのではないか?そうでもなきゃあ、あんな劇的、かつ、もったいぶった音楽は書けないでしょ?とツッコミ気分が満載ですね。

もし本当に、ブルックナーが「木漏れ陽」を思い浮かべてあの曲を書いたとしたら、昨今の精神論優先の、頭でっかちなブルックナー解釈はどうなる。ワタクシ、頭のなかでブルックナーの交響曲4番を何度か反芻したのですが、刷り込みが強いせいか宗教色に彩られた荘厳なイメージしかできない。

そこで本日です。ヨッフムさん指揮の交響曲全集を引っ張り出し(あえてベーム指揮ウィーンフィルを避け)、第4番を選んでソナスファベール製のスピーカーから出てくる音楽にじっと耳を傾けた・・・おやや?言われてみりゃあ、なんだか「木漏れ陽」っぽいです。曲冒頭のワサワサ箇所は「原始霧」だの宇宙の始まりだの、と評価されるけど、もっと卑近に、深い森の暗い小道を歩いている感じと言えなくもない。やがて、木々を抜け、広い草地に出て、木漏れ陽を浴びながら第一主題のブッコミ全強奏が鳴り響く!(ちょっと無理あるかな?)

何を言いたいか、といえば、こうした「ヒント」で音楽を聴く耳(頭?)はこれほど変わる、というハナシですね。愛とか神とか精神とか抽象的タームに振り回されるより、「木漏れ陽」というヒントで、よっぽどブルックナーの音楽が身近に感じられる、これって目からウロコでした。そうそうヨッフム御大の指揮も、柔らかくて実に良いのであります。

おっと最初から話が長くなった。次いこう。本日聴いた他のCDです。

ボッケリーニ(1743~1791)の弦楽五重奏曲集(DHM)です。モーツァルトと同年に亡くなった作曲家。古楽器の名手たちによる1991年録音でめちゃ感動する類(たぐい)の音楽ではなく、心が落ち着くなあ~という感じですね。これはこれで実に良し!

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次はサン・サーンスによる有名な「交響曲3番 オルガン付き」です。この作曲家の交響曲は、3番があまりにも有名すぎて、1番、2番は本当に存在するのか?つう勢いですわね。

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オケはベルリン・フィル、録音は1986年。80年代から頭角を現し、90年代に入ると飛ぶ鳥落とす勢いになるジェイムス・レヴァインさんの指揮です。てっきりシカゴ交響楽団とのコンビか?と思いきや、違うんですね。シカゴ響はこの曲を同じレーベル(ドイツ・グラムフォン)にダニエル・バレンボイムさんと録音していたのでした。ちゃんちゃん。

という情報関係は良いとして、いやはや楽曲をきき終わると、まさに溜飲を下げ大満足、という気持ち。曲のラスト3分の火の玉状態のお祭り騒ぎに興奮しないリスナーがいるだろうか?個人的には、精密でブレないベルリン・フィルより、やんちゃなノリのアメリカのオケのほうが、レヴァインさんっぽい気がするがねえ。

おお、どんどん話が長くなるな。そろそろ、腹を決めて、論文(の文章)でも書き始めましょうかね。ちゃんちゃん。


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