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疲れたときに、心にしみいるフンメルさんの楽曲であります。 [クラシック音楽]

9月最初の土曜日に半日休んだ以外は、1か月間ぶっつづけのシゴト三昧でした。ぷはあ。

「忙しぶるヤツに限って、仕事ができない」というサラリーマン金言の伝だと、ワタクシの能力不足なんでしょう。わははは。言い訳としては、トラブル対応、急な見積り、突発出張、学会発表、教育講師その他が短期間に重なり、バタバタ状態に陥ったんですな・・・どーでも良い話ですいません。

混沌状態から脱却し、久しぶりの休日(2日前)。自宅のオーディオ部屋でゆっくり音楽を聴くぞお、と、CD棚から取り出したのは定番のハードロック/へヴィメタルではございません。

クラシック音楽です。18~19世紀にかけて活躍した作曲家フンメルさんの作品をまとめて聴く極私企画。美メロディがジーンとしみいる至福の時間が待っております。

・・・と書くと、クラシック好きの方でさえ「フンメルって誰?ドイツの戦車か?」と、いぶかしく思うことでしょう。

ヨハン・ネポムク・フンメル(1778年~1837年、Johann Nepomuk Hummel)はハンガリー(現スロヴァキア)に生まれ、その後、ウィーンで活躍した作曲家・ピアニストであります。ハイドンにオルガンを学び、モーツアルトの薫陶も受け、シューベルトやショパンとも交流があった方。当時の評価は、時代を代表する音楽家であります。

残念ながら、20世紀以降、前後にそびえるハイドン、モーツアルト、ベートーヴェンといった巨星の陰に埋もれた「忘れられた作曲家」になります。作品がコンサートにかかることも皆無で、録音もほとんど無かったはず。

しかし!

誰が何と言おうと良いものは良い!と気骨のレーベル英国CHANDOSが、1980年代後半からピアノ協奏曲を皮切りにフンメルさん楽曲を次々にリリースしたのです。おお、拍手!拍手!

ワタクシが、はじめて彼の楽曲を聴いたのはピアノ協奏曲3番(作品89)と同2番(作品85)のカップリングCDでした。イケテないジャケットとは裏腹に、生き生きとした音楽(と演奏)が展開していたのです。

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フンメルさんは、師匠ハイドンや22歳年上のモーツアルトの作曲技法を引き継ぎ、そこに「おおらかさ」「喜び」をフレーバーしました。ロマン派に通じるドラマチック技巧を盛り込みながら、決して小難しくなくキャッチーで聴きやすいのが特徴といえましょう。

ピアノ協奏曲に限っていえば、音色とフレーズはショパンです。もし、フンメルさんのピアノ協奏曲第3番を、ショパンの作品と偽って紹介しても、聞き手は納得することでしょう。もちろん、時系列的にはフンメルさんが「先」ですから、影響を受けたのはショパンのほうなんですよね。

臆面のない大仰な味付け、中間楽章の甘く切ないメロディ、基本アッケラカンとした曲調に対し、安っぽいという低評価を下すリスナーもいるでしょう。しかし、私に言わせれば、そんな聞き手は、自分の耳や頭で何も判断できない「世間に迎合する受け売りバカ」ですよ。えらい評論家が、フンメルはスゴイ、と言ったとたん、平気で宗旨替えする節操のない輩です(←クラシック音楽のリスナーって、なんでこーゆーバカが多いのでしょうね?)。

ワタクシは神童と誉れ高いモーツアルトよりも、よっぽどフンメル作品に親近感を持つし、実際、深く愛しています。

なんたって、(ワタクシにとっては)「はずれ」がない。室内楽も協奏曲も声楽曲も、ツボにばっちりはまります。こんな作曲家はシューベルトとメンデルゾーンを除けば誰もいません。

ここからは、お気に入りのフンメル作品のCDをいくつかご紹介します。来週のオリコン1位は、フンメルで決まりだあ!(絶対にありえんけど・・・)

まずは室内楽曲の代表作、ピアノ七重奏曲第1番(作品74)と、第2番「軍隊」(作品114)のカップリングです。複数の保有ディスクのうち、ナッシュ・アンサンブルの安定した演奏(1995年録音、英CRD)を掲げておきましょう。自由闊達で表情が豊か、フンメルさんらしさを最も堪能できる曲といえましょう。面白いのはピアノ以外の6つの楽器。第1番はフルート、オーボエ、ホルン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス・・・なんとクラシック音楽に必須のヴァイオリンがないのです!

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次のディスクは、マニアックですけど、ぜひとも聴いてほしい。

マンドリン協奏曲(作品S28)とトランペット協奏曲(作品S49)のカップリング。前述のピアノ協奏曲と同レーベル(英国Chandos)からのリリースと思えぬ洗練されたアートワークです。

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これが実に良い。作曲時のフンメルさんの年齢はマンドリン協奏曲が22歳、トランペット協奏曲が26歳。若き時代の作品らしく、少々ぎこちなく、先人の技法をなぞった感がありますが、そのウイウイしさに好感が持てます。トランペット協奏曲といえば、まっさきに師匠ハイドンの名作が思い浮かび、私も好きですが、ワタクシは、ハイドンよりフンメルさんを推しますね。

フンメルさんのトランペット協奏曲の、なんとチャーミングなこと!この可愛らしさはハイドン御大に求めるべくもありません。小粋なトランペットの節回しが次第次第に盛り上がって、決めフレーズは天に響けよ、と言わんばかりに朗々と響き渡る、その爽快さに、バンザーイ!であります。

次は、伝統的な形式「弦楽四重奏」3曲のカップリングCDです(作品30の、1、2、3)。マイナー(短調)で暗めに曲が始まってもご心配には及びません。明るさが身上のフンメルさん、曇り空の隙間から太陽の光が差し込むように、ぱあっと長調の主題があらわれ、そこから気持ちよく曲が展開するのであります。

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こうゆう、美しくてネアカな楽曲を聴いちゃうと、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲なんて、重くて聴く気にならないなあ・・・って、偉大な楽聖に失礼を言っちゃあいけません。

きりがないので過剰な「フンメル賛美」は控え、最後にフンメル入門にぴったりのCDをご紹介しましょう。フンメルさんは、モーツアルトのピアノ協奏曲や交響曲を「室内楽」に編曲しています。彼の名は作曲家としてよりも、むしろモーツアルトを編曲した人として有名かもしれません。モーツアルトの内弟子だけあって、機微を知り尽くしたセンスの良い仕上がりです。「レクイレム」の補筆完成もフンメルさんがやれば良かったのでは?

CDはスエーデンのBISレーベルから数枚が発売されています。同シリーズで素晴らしいピアノプレーを披露するのは、日本人ピアニスト白神典子(しらが ふみこ)さん。編曲バージョンをキワモノとせず、「作品」としてしっかり表現する姿勢が、すがすがしいです。

ここでは、モーツアルトのピアノ協奏曲18番と、超有名な交響曲40番(!)を室内楽アレンジした1枚を推しておきましょう。余談ですが白神典子さんの弾く「ショパン ピアノ協奏曲 室内楽バージョン」のCD(BIS)はワタクシの愛聴盤でして、白神さんによる同曲ステージ(実演)も拝見して、深~く感動したのであります。

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以上、無駄に長くなった今日のブログ記事。読んでくださった方、ありがとうございます。ワタクシのフンメル愛が強いってことで、だらだら文章は、ご了承くださいまし。

さて、フンメル作品のCDコレクションは充実してきたので、あとはステージで実演を聴くのが目標です。とはいえ演奏会で曲が取り上げられなければ、聴くのもかなわないわけで・・・プロオーケストラ、プロ奏者の皆さま、ハンで押したようにモーツァルトやベートーヴェンの曲を繰り返していないで、フンメルさんの楽曲にも目を向け、ぜひプログラムの候補としてご検討くださいませ。

まずは、感涙と歓声必至のピアノ協奏曲で、観客の度肝を抜いてやりましょうや!

ではでは。


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バーミンガム市交響楽団の来日コンサート。ソリスト、指揮者とも恐るべし!の感動の日。 [クラシック音楽]

2016年6月28日(火)、サントリーホール(赤坂)でバーミンガム市交響楽団の来日コンサートを拝見いたしました。

指揮するのは日本が世界に誇る次世代ホープ山田和樹さん。ピアノ協奏曲のソリストはワタクシが敬愛する河村尚子(かわむらひさこ)さんであります。

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いやあ、今年も6か月が経過したところで、ついに出ました!ほぼ確実にワタクシにとって、2016年のベスト・オブ・ベストのコンサートでございます(ちなみに、ソロリサイタルの年間ベストは、1月に聴いたクリスチャン・ツィメルマンさんのシューベルトで決まり、でしょうな)。

この日のプログラムは、ベートーヴェン「エグモント序曲」、ラフマニノフ「ピアノ協奏曲3番」、休憩をはさんでベートーヴェン「交響曲第7番」と、うは、ベタやあ、と思うもののいやいや良い曲は良いのである。

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以下ハナシを天才ピアニスト、河村尚子さんのラフマニノフに絞って書きます。

スゴかった。

これはスゴイ。

当ブログで再三にわたり絶賛してきた河村尚子さん。久しぶりに実演を拝聴、ワタクシの予想曲線を軽々と越えるすさまじい進化を遂げておられました。

以前の河村さんは、今から思えば、あまりにテクニックが卓越しており、結果、「技」が前面に出てる感がありました。しかし今回のラフマニノフは、技だけでなく、しっとりと「情」がこめられて仰天でございます。

「弾くだけで、せいいっぱい」と言わしめる難曲ゆえか、多くのピアニストは楽曲の機微なんぞぶっとばし、オーケストラの音に負けないぞ、と言わんばかりのパワー全開演奏をご披露します。それはそれで溜飲が下がって爽快ですが、毎回じゃなあ・・・と思っちゃう昨今のワタクシ。

そんなワタクシのパーソナル要望に応えるかのように、河村尚子さんは剛(ごう)と柔(じゅう)を使い分ける進化系の超絶技巧を見せつけてくれたのです。無茶苦茶な喩えかもしれないが、野球でいえば、4番バッターでホームランキングでありながら、絶妙な内野安打やバントを決め打率は10割、塁に出れば確実に盗塁、そんな突き抜けた超オールランドプレイヤーといったところでしょうか。

演奏について語るのは今回はやめておきましょう。何をいってもあの日の感動を伝えることが出来ないから、書く意味ないもんな。ワタクシ批評家でもないし。

で、「演奏以外で」すごいなあ、と感動した2点について覚え書きします。

まずはソリストの河村尚子さん。ラフマニノフの協奏曲3番のフィナーレ。オケとピアノが火の玉状態で盛り上がり終曲するのですが、最後の音符を、腰を浮かせて叩きつけるように打鍵した河村さん、そのまま、はじかれるように立ち上がり、指揮者の山田和樹さんへ抱きついたんですね。まさに「感極まった」という所作であり感動的でした。感動とともに、ちょっとドキッとしました。だって、日本人どうしって、「抱擁」をフツウには行わないでしょう。

かなりの数の協奏曲ステージを拝見しているワタクシですが、ここまでストレートな演奏者のアクションは初めて見ましたね。涙が出そうになりましたよ。

さて次の感動ポイント、これこそ音楽とは関係ないすけどね。ベートーヴェンの交響曲7番の演奏が終わり、万雷の拍手のなか指揮者の山田和樹さんが、オケのメンバーをパートごとに立たせ観客へ拍手を促すシーンです。これはお約束ともいえます。

おお、と思ったシーンは、ティンパニ奏者への拍手のさなかで、山田和樹さんが観客に向って「拍手を止めて」という所作をしたわけです。驚きました。山田さんは、おおげさな身振りではなく、胸のあたりでほんのちょっと手を動かしただけでした。にもかかわず、サントリーホールに詰めかけた満員の観客の拍手が、事前に打合せでもしていたかのように寸分ズレもなくピタッ!と鳴りやんだんです。この連帯感。音楽でいうゲネラルパウゼ=全休止、というやつですね。

見事としか言いようがありません。これぞ、人をまとめる力量、才能ですね。感動しました。

ちなみに、山田さんが観客の拍手を止めた理由は、「ティンパニ奏者は、今日が誕生日です」と伝えるためでした。

まだ30代後半というお若い山田和樹さん。すでに海外オケの音楽監督ポストにも就いてる秀才で、その指揮っぷりをみても、10年20年後には間違いなく小澤征爾さん級のマエストロになっていることでしょう。そう、河村尚子さんが抱きついたくらいだしなあ(嗚呼、羨ましい・・・)。

とりとめなくなったところで、今日の記事はお終いっ。チャオー。


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NHK交響楽団と、チック・コリア、小曽根真によるモーツァルト「2台ピアノのための協奏曲」 [クラシック音楽]

1ヶ月ちかく前に拝見したコンサートですが、感激があせておりませんので、今更ながらブログに取りあげようと思った次第です。

2016年5月14日(土)、渋谷のNHKホール。NHK交響楽団の公演であります。ジャズピアニストのチック・コリアさんと小曽根真(おぞね まこと)さんが、オーケストラをバックに演奏したのは、ジャズではなく、バリバリの(?)クラシック作品、モーツァルト「2台ピアノのための協奏曲 K.365(ピアノ協奏曲10番)」でした。

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この1週間前、5月7日(土)にワタクシ、チックさん&小曽根さんのデュオ・ライブ(ジャズ)を横須賀で拝見し、興奮さめやらぬままクラシックも聴いちゃうぜ、と欲張ったのであります。都内でシゴトがありましたが、ギリギリ開演に間に合いました。会場が渋谷で良かった、ほーっ。

ところで、堅物なクラシック・ファンのなかには「ジャズのピアニストが、モーツァルトの協奏曲だと?ケッ!」と色眼鏡で見る方がいるかもしれません。そんなバカ(失礼)には、そりゃアナタ、偏見(と無知)が過ぎるでしょう、と申し上げたい。

チック・コリアさんやキース・ジャレットさんといった一流ピアニストは、ジャンルの隔てなく活躍するスーパープレーヤーです。名指揮者アンドレ・プレヴィンさんだって、ジャズマンとして活躍していた方。ましてや、チック・コリアさんは故ニコラウス・アーノンクールさん指揮のもと、まさに今回の演目、モーツァルト「2台ピアノのための協奏曲」の録音さえ残しております(共演ピアニストはフリードリヒ・グルダさん。オケはアムステルダム・コンセルトヘボウ)。

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別に、こんなことでムキになる必要はないけど、自称クラシック音楽ファンの人って、「偏見」「権威主義」「独善」にまみれてることが多いからナ・・・あ、これは私の「偏見」ですか。まっ、どーでもいいか。

さて、5月14日のNHKホールでの実演です。

モーツァルトさんには申し訳ないっすけど、「2台ピアノのための協奏曲」が彼の天才を示す名曲とは思えないワタクシです。しかし才能あふれる奏者(ピアニスト)の手にかかれば十分に感動作になりうることを、今回のコンサートで痛感しました。いつも思うのは、素晴らしい演奏とは、突き詰めれば、「この曲って、こんなに良かったんだ」と素直に思わせる、それに尽きます。

14日のステージがまさにそれで、チックさんと小曽根さんの自然体プレイだからこそ曲の良さが引き立ちますし、うがった見方をすれば、ジャズを極めたゆえのインプットが随所に光り、クラシックのピアニストには出せないニュアンスまでが表現されていた、と感じます。

言わずもがな、ですが、第一楽章と第三楽章のカデンツア(ソリストが自由な演奏をして良い箇所)は、たぶん事前打合せも無しの本当のアドリブ(即興)と思われます。丁々発止に、2台のピアノの絶妙な「かけあい」を展開して、観客は大盛り上がりでございます。

クラシックの演奏家のほとんどが、冒険を避けて、協奏曲で既存のカデンツアを「流用」している現実を考えれば、今回のソリスト2名のチャレンジ精神と創造力はおおいに評価すべきでしょう。チックさんと小曽根さんのスーパーコンビですから、今回のパフォーマンスなど、当人たちにとってみれば当たり前のレベルかもしれませんけど・・・。

楽しかった。痛快だった。クラシック音楽では、めったにお目にかかれない「独創的」かつ「スリリング」なステージでした。こうゆう企画は、今後もじゃんじゃん推進してほしいものです。

ちなみに当コンサート。後半プログラムはエルガー作曲「エニグマ・ヴァリエーション」=「<謎>変奏曲」でした。これがまた名演でしたねえ!ワタクシが、エルガー作品のなかで最も愛する曲であります(と言うと、そんなバカな、と言われそうだが)。イギリスの生んだ偉大なる管弦楽作品であり、全編を彩る主題の美しさ、といったら!美の極致ですなあ~。第9変奏「ニムロッド」が感動ハイライトではありますが、ワタクシ、その遥か前の段階で、すでに涙、涙、でございました。はいっ。

・・・と、話がとめどなく長くなりそうなので、今日はこれでお終いっ。


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独創か異端か?コパチンスカヤの弾くチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」。クラシック音楽演奏が大胆に変わる? [クラシック音楽]

過去1年間にリリースされたクラシック音楽CDから、賛否両論の評価を受けた独創的(異端?)演奏を取り上げたいと思います。

本題の前に、クラシック音楽の「演奏」について私なりに考えてみました。

よほどキテレツな現代音楽でもない限り、クラシック音楽のレパートリーは作曲家の残した楽譜通りに、かつ「その楽曲にふさわしい」演奏をするのが常識(らしい)です。問題は、その曲にふさわしい=「その曲らしさ」(あるいは、その作曲家らしさ)という概念ですね。バッハはバッハらしく、ベートーヴェンはベートーヴェンらしく弾く・・・と言ったって、その「らしさ」って何なのよ?乱暴に断言すると、そうゆうものだ、と広く認知された「慣習」「思い込み」に過ぎないのです。ですから慣習を無視してエキセントリックな演奏をしても、一概に間違い、とは言えないはず。

ところがクラシック音楽界は、奇妙というか偏狭で、一風変わった演奏(解釈を含む)に対しては批評家のみならずリスナーもネガティヴ評価を下す傾向があります。いわく「奇をてらった演奏」「曲の本質を無視」「面白ければ良いわけではない」etc・・・うーん、まったく納得いきません。

ジャズでスタンダード曲を弾く際、個性的アレンジや独創的な味付けは、むしろ高く評価されますもんねえ。と書いてて気づいたけど、クラシック音楽だって個性あふれる演奏はありました。グレン・グールドが「ゴルトベルク変奏曲」をとんでもない超高速で弾き倒し、バッハ概念を揺るがしたのは1955年、今から60年も昔なんですよ。

その後だってヴァイオリニストのナイジェル・ケネディさん、ピアニストのフリードリヒ・グルダさん、アファナシエフさんなど異端と目される演奏家は登場してます。指揮者アーノンクールさんは異端児として出発し、晩年はウイーンフィルやベルリンフィルまで振る大御所になったわけですし。

かように異端なアーチストは、どの時代にも存在しそれなり評価もされているのに、なぜか全体でみればクラシック音楽ファンは保守的に「その曲らしさ」を求めるわけです。結果、個性とは名ばかり、誰が弾いてるのか、どの指揮者が振り、どのオケなのかなど、到底、言い当てられない均一で中庸な録音ばかりが世間に氾濫するのです。

さて、いよいよ本題です。以下に取りあげるディスクは、他の演奏との聞き間違えなどありえない唯一無二の強烈な光(異彩)を放っております。クラシック演奏も、ついにここまで来たか!一皮むけたか!と嬉しくなった次第。

いまやエキセントリックが看板となった感があるパトリシア・コパチンスカヤさんの弾くチャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」です。指揮者はワルガキなどと揶揄されるギリシャ出身の異端児クルレンティスさん。

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あらゆる意味で、このCDは大胆不敵です(ジャケットも、カップリング曲も)。エモーショナルな演奏、という評価はクラシック音楽でもフツウに使われますが、コパチンスカヤさんのヴァイオリンはエモーショナル(感情的)どころか激情の嵐であって、革新的をこえた攻撃的なものです。

大人げないほど気持ちが入っているのでドン引きしますよ。フレーズの一拍目にグワシ!と、ことさら大きな音をツッコんでみたり、演歌のごとく「こぶし」や「ため」をぶちこむ。泣かせフレーズは、歌舞伎役者が見栄を切るような「エイッヤッ!」というアザトイ装飾をしたあげく、急発進、急減速はお手のもの。興が乗ると叫び声のような荒れた音を出す・・・従来の慣習に照らした限りは、奔放かつ自由きままなこの演奏を「チャイコフスキーらしい」とは到底、言えないでしょう。

「中庸で節度ある上品な」がクラシック演奏の規範とすれば、コパチンスカヤさんは正反対で「破天荒、節度などおかまいなし、下品ですらある」わけです。

ゆえにこのCDは、過去(の定番的演奏)と比べ、どこがどう違うか、という「差異」で語られがちです。今回、記事を書くにあたって、当該CDに関するブログ記事をいくつか拝見しましたけど、案の定、「何が違うか」に主眼がおかれ、なんとな~く当惑気味に終わるパターンがほとんどでしたね。

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しかし。

私に言わせれば、他演奏との比較論なんぞ、さっさとゴミ箱に捨てるべきです。

バロウズ先生の至言「Everything is permitted」=すべては許されている、のとおりです。演奏家が勇気をもてば、演奏慣習という束縛から脱却し飛翔できることをコパチンスカヤさんは証明したのです。さらに一流のアーチストが考え抜いて行き着いた演奏は、既存の何とも違っても、虚心に音楽に耳を傾けるリスナーに感動をもって受け入れられること、を示しました。切り口を変えれば、クラシックの真の名曲は、多様な演奏形態に十分に耐えうるもの、ということ。

正直申しますと、私も、このディスクを一聴したときは、受け狙いのヘンテコ演奏に思えました。しかし病みつきになる魔力があって、引っ張られるように何度か聴くうち、これこそ魂のこもった至芸、名演奏と、絶賛に転じたのであります。

コパチンスカヤさんのぶっ飛びっぷりは、片鱗ではありますが、日本でのコンサートのアンコールの様子から知ることができます。良いねえ~この表情。このパフォーマンス。(YouTubeって便利だよなあ。。。)

 

他にも2枚のCDを紹介するつもりだったんですが、コパチンスカヤさんの件を長々書いてしまったので、そちらは別の日にアップしましょう。今日はここまででお終いっ!チャオー。


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イブラギモヴァ&ティベルギアンによるモーツァルト ヴァイオリンソナタ全曲演奏会 最終回 [クラシック音楽]

先月(2016年3月)25日に、銀座の王子ホールで拝見したリサイタルについて書きます。

ロシアの美人ヴァイオリニスト、アリーナ・イブラギモヴァさんと、セドリック・ティベルギアンさん(ピアノ)のコンビによる、

モーツァルト ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会

でございます。アマデウスさんが残した当該ジャンルの作品数なんと40以上。1日の演奏会で完結できませんから、5日間に亘っての大イベントです。2015年10月に3回を終了、今年は第4回(3月24日)、第5回(同25日)なのでした。

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ワタクシが拝見したのは第5回。相撲で言えば千秋楽、つまり「最終回」。それゆえの気合か、ステージ上での演奏は恐るべき白熱したもので、とにかくスゴイ!の一言でした。絶句であります。

しかし、スゴイ、スゴイ、を連発するだけじゃ芸がありません。ここで、参考に・・・と、2013年、王子ホールで開催された同コンビによる「ベートーヴェン ヴァイオリン・ソナタ全曲演奏会」の感想を、当時の自分のブログ記事で確認してみました・・・すると、あれまあ。

曲こそ違えど今回のモーツァルトと、あのときのベートーヴェンと、基本、私の感想は同じなんです。自分でもビックリです。当時の文章以上に上手く書けそうにないので、その記事から、まるっと抜粋であります。(手抜きではございません!)

=== 2013年9月のブログ記事より ===

アリーナさんと、ピアノのセドリック・ティベルギアンさんは、8年間コンビを組み(2013年時点)、演奏会と録音をこなしてきた盟友だけに「阿吽(あうん)の呼吸」が尋常ではありません。合わせようとする作為は皆無。互いが思いっきり情熱的かつ自由闊達に弾きまくるのにグルーヴがぴったりで、確固たるひとつの「意志」が貫ぬかれています。迷い無し!ブレ無し!なんて気持ちの良い演奏なんだろう!

ライブだと音楽の表現幅がいっそう広がり、情熱がステージからほとばしってます。ヴァイオリンとピアノ、たった2台の楽器でありながら、オーケストラも凌駕する豊かな音のイメージ!脱帽です。アリーナさんの特徴はヴィブラートを控えたストレートで繊細な音色と、弱音でも強音でも微妙なニュアンスを加える凄技。その超絶テクと音楽性あってこその成果でしょう。

ところでアリーナさんのヴァイオリン。音質は良く言う「美音」ではありません。世間に「ビロードのような」「つややかな」という弦楽器音への褒め言葉がありますが、アリーナさんは逆に「木綿のような」「ざらりとした」味わいなんですね。独特の渋い音色には「音の美しさで、音楽をごまかさない!」という彼女の決意を感じるのであります。

美音のうわっつら、じゃなく、音楽の「生」というか「神髄」に、グワワッと一直線に迫る痛快さが辛抱たまらんのであります。やりたいことがハッキリしているから、聴いてるこっちだって「お、そうくるかい!いいじゃん、ねえさん、気に入ったぜえ!」とキッパリ応じることができるんであります。

=== 以上、2013年の記事からの引用、終わり ===

うーん、3年前の記事のコピペなのに、すっかり満足してしまった。いかん。

今回、しいて感想を付け加えるとすれば、アリーナさんの「表現の幅」が、3年前に比べて格段に豊かになったことでしょう。変幻自在の技に磨きがかかり、ヴァイオリンって、こんなにいろんな音色が出るんだ!?と、シロウト的大感動に浸りました。

モーツァルトのヴァイオリン・ソナタなんぞ(というのも失礼だけど)、ワタクシ好きじゃあなく、良い曲とも思えません。でも、アリーナさんの妙技にかかると奥深さとメリハリがあふれ、誤解を恐れずにいえば「めちゃ面白く」なるんです。たった2台の楽器というシンプルなステージでも、2時間半の演奏の最中に、眠気なんて全然感じません。もしかして、モーツァルトは、世間で言うとおり天才かもしれないゾ、とまで思っちゃった次第。

以下の動画は王子ホールHPより、ソナタ24番の演奏の一部です。お二人とも攻めてますなあ~。

いやはや、アリーナ・イブラギモヴァさん、恐るべし。月並みな言い方ですが、なんと素晴らしい演奏家なのでしょうか。

キアロスクーロ・カルテット(第一ヴァイオリンをアリーナさんが受け持つ弦楽四重奏団)の、4月6日のリサイタルは早々にチケットが完売して、拝見できず痛恨でした!こうなったら、アリーナさんの本拠地ロンドンに出かけて、地元でリサイタルを拝見しようか、とまで思ってます。

そう、アリーナ・イブラギモヴァさんは、ワタクシにとって希望と期待の星、なのであります。


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東京文化会館で、ハイドン、ラヴェル、ブラームスのピアノ三重奏曲を堪能したハナシ。 [クラシック音楽]

10日ほど前、上野の東京文化会館で「ピアノ三重奏の夕べ」と題するステージを拝見しました。

ブラームス狙いでチケットを購入しましたけど、プログラムは3曲とも素晴らしかった!コッテリした交響曲のコンサートもいいけど、室内楽曲は奏者が少ないので音楽の再部が見とおせる、そのすっきりさが良いですね。

おっと、先走ってはいけません。まずは演奏者とプログラムです。

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ピアノの菊池洋子さん、ヴァイオリンの徳永二男先生、チェロの毛利伯郎さんは、いずれも実績と実力を兼ね備えた日本屈指の凄腕であります。演奏曲がハイドン、ラヴェル、ブラームス、と、幅広いながらも王道セレクト。このメンバーが弾くのですからねえ、結果は期待以上に感動的でした。

まずはハイドン。「どれも同じに聞こえるね」的な例の感じの曲。ハイドンさんに申し訳ないけど(謝ることもないか)後半のラヴェルとブラームスがスゴすぎて、正直、前座っぽかったです。

次の、ラヴェルのピアノ三重奏曲。フランス系室内楽曲にありがちな「とりとめない感じ」。ワタクシの好みではありません。しかし、それゆえ今回の演奏は面白かったのです。と言いますのは、CD(録音)だと、ほころびを恐れるためか冒険を控えた安全運転プレーが多いけど、ライヴだと、一発勝負のノリで、ガンガン奏者がツッコんできますもんね。

そうなると、どこへ向かうか分からん(実際には分かってはいるけど)ラヴェルの曲の迷走感が、いい感じの「奔放さ」になって、クラシック音楽というより、ジャズのテイストで盛り上がります。よーするにラヴェルの楽曲は、CDではなくライヴで聴くに限る!と申し上げたい。

とくに第2楽章。ピアノ、ヴァイオリン、チェロが、火の玉状態で迫真のインタープレーを繰り広げ、最後にバシッ!と決まったときは、ベテラン奏者もさすがにドヤ顔であります。会場が、青山のブルーノート東京だったら大喝采が沸き起こるでしょうが、クラシック音楽は、楽章ごとの拍手はしないのがルール。残念です。ちょっと寂しい気分です。

ちなみに、演奏会の最後のアンコール曲は、まさにラヴェルの第2楽章だったので、ここぞとばかりに、観客は遠慮なく大拍手できましたね~。溜飲が下がりました。いいアンコール選曲ですなあ。

あっ、ラヴェルさんに文章を費やしすぎました。

私がもっとも愛する曲は、公演プログラムのラストを飾ったブラームスのピアノ三重奏曲1番でした。ドイツの巨匠作曲家の名作だけあって、どっしりとした構築美に、泣き美メロがまぶされ、辛抱タマラン世界であります。ラヴェルとは大違いの起承転結、メリハリはっきりの安心作品なのです。

冒頭、歌うように静かに始まるピアノの、あの「入り」で、その後すべてが決まる、と言っても過言ではございません。菊池洋子さんの素晴らしい「入り」にウットリし、その後、最高の演奏がステージで展開されたのであります。嗚呼。

ところで、ブラームスの室内楽曲を演奏するさい、多くのプレーヤーが、ハイライトたる泣きメロを軽~く流す、という失策を犯すのであります。弦楽六重奏曲しかりピアノ四重奏曲しかり、「そこは、じっくり弾くトコだろうが!」とツッコミを入れたくなる体たらくですが、つまり、欧米のクラシック音楽を学んだヒトに、メロディの「タメ」の概念がないんでしょう。演歌のココロは絶対に分からんでしょうなあ。

普段感じるそんな不満を、今回の3名(菊池さん、徳永さん、毛利さん)は、みごと払拭しております。メロディの揺れを大切にし、テンポも私が考えるベストのもの。情感がじわあ~と滲み出すのであります。これぞ日本人の美学!と、ブラームスに和を持ち込むのも変だけど、そんな感想でございました。

いやはや、これほどラヴェルの高い、じゃなく、レヴェルの高い室内楽演奏はそう聴けない、と思いました。3人の方々は、ソリストあるいは教育者としてお忙しいですが、テンポラリーなトリオではなく、恒久的な活動をしてほしい、と勝手な希望をしちゃう次第です。ベートーヴェンやシューベルト、メンデルスゾーンなども今回のトリオで聴きたいです。

最後に、はずせない一点。なんたって菊池洋子さんのお美しいことにビックリなんであります。美人でスタイル抜群、まるでモデルさんのようでした。ステージが輝いてましたもんね。以上です。はいっ。


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偉大なるマーラー指揮者、ギルバート・キャプランさんが逝去。 [クラシック音楽]

2016年早々、クラシック音楽ファン(のごく一部)に、衝撃的な訃報が飛び込んだのであります。

1月1日、指揮者のギルバート・キャプランさん(1941年生まれ)が、お亡くなりになったとのこと。

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え・・・と、一瞬、言葉を失いました。

どんな有名指揮者の訃報より、私にとって生々しいショックであります。

ギルバート・キャプランって誰?と、訝しく思う方には、以前のブログ記事を読んでいただくのが手っ取り早い(記事は→ここ)ですが、乱暴にくくってしまうと、

マーラー交響曲2番「復活」だけを指揮する世界的指揮者でマーラー研究家

となりましょう。

ギルバート・キャプランさんは、もともとはアメリカの実業家。26歳で経済誌を創刊し、一流へと成長させた凄腕経営者です。音楽演奏には縁のない人生でした。(ちなみに、億万長者でございます)

そんなキャプランさん。あるときレストランで耳にしたマーラーの交響曲2番「復活」に感激し、いつか、この曲を指揮したい!と夢を抱いたわけです。ふつう、それは夢で終わるか、せいぜい金持ちの余興(+周囲の苦笑い)で幕を閉じますが、この方の執念はスゴかった。「やるなら徹底的にやる!」という、新入社員に聞かせたいモットーの持ち主のようで、

70分を超すあの巨大楽曲のスコアを徹底的に勉強して暗譜し、プロ指揮者を家庭教師に雇って指揮を練習、世界中の「復活」コンサートを聴きまくり、ついに1982年、自費でプロ・オーケストラを雇って、自らの指揮による、一晩限りの演奏会を開催するんですね。

この、「最初で最後のつもりのコンサート」が聴衆に大うけして、翌年、逆にオーケストラ側から指揮者として招かれます。会場はカーネギー・ホール!これまた絶賛を浴びて、以降、キャプランさんは、「マーラーの『復活』、1曲のみを振る指揮者」として大活躍するんです。

1988年には、メジャー・オーケストラであるロンドン交響楽団を指揮したCDを発売。私は、28年前、銀座山野楽器で、このCDを購入、はじめてキャプランさんのことを知った次第です。

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やがてキャプランさんは「復活」の指揮・録音だけではなく、マーラーの自筆譜校訂、シンポジウム出席など、研究者としても活躍の場を広げ、もはや彼の音楽を「アマチュアの趣味」と言う人は皆無となっていました。

そりゃあそうですよ。世界各国(日本も含め)の、30以上のオーケストラで「復活」を振り(それもオーケストラ側からのオファーで)、世界一と称されるウィーン・フィルとさえ録音をしちゃうんですから。つい数年前、規模を小さくしたオーケストラ用の編曲版で3度目の「復活」CDを出されていました。なんというモチベーション!

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ビジネスの世界で大成功し、その後、指揮者、研究者としても成功を収めた驚異の人物。ちなみに彼は経済誌の会社を7000万ドル(80億円!)で売却しており、潤沢な資産が、当初の音楽活動を支えたわけです。いやはや、アメリカの金持ちってスゴイもんですなあ。

キャプランさんのドリーム人生はさておき、本題の「音楽」、であります。

ワタクシ、キャプランさんの実演は拝見したことがありません。以前、イギリス出張の日程が、もうちょっとズレていたら、バーミンガムでフィルハーモニア管弦楽団を振るお姿を拝見できたのですが・・・痛恨。

で、録音に限って申し上げます。訃報を聞き、ロンドン交響楽団とのCD(1987年録音)、ウィーンフィルとのCD(2002年録音)を聴き直しました。

感動という点では前者(ロンドン交響楽団との共演)が圧倒的。謙虚で実直。いかにも「この曲が大好き」という(私と同じ)思いが前面にバンバン出ております。私が「この箇所は、こう演奏してほしい!」と思う箇所を、本当に、そう演奏してくれる夢のようなプレーなのです。

たとえば、第一楽章。オケの全強奏(そのあとパウゼとなる)の直前、びみょうにリタルダント(減速)する、そのニュアンスがたまらない。そこには、プロフェッショナル指揮者の手慣れたルーチン感は皆無で、音楽愛にねざした真摯な必然が満ち満ちているんですね。

逆説的ですが、多くの有名指揮者の「復活」はBGMとして聴けますが、キャプランさんの「復活」だけは襟を正して聴きたい、と思う。いや、本当にそう思う。この曲のCDを、23セットも保有しているワタクシが言うのだから間違いございません(ちょっと自慢?)。

たとえば、こうゆうこと。巨額の開発費を投入した専業メーカの超高価なスピーカーより、音楽好きの木工職人さんが10年かけて手作りしたスピーカーのほうが、よっぽど心を打つ「音楽」を響かせる。似た不思議があるんですよ、ギルバート・キャプランさんのマーラー演奏には。。

ロンドン響とのCDのブックレットをみて、やっぱりそうかあ、と思いましたね。オルガンと鐘はオケは別収録してダビングしているのですが、そのオルガンは、マーラーがニューヨークフィルとの演奏会(1911年)で使ったものだそう。こだわっているなあ~。(下写真はブックレットより転載。オルガンのレコーディング風景)

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すっかり話が長くなってしまいました。

キャプランさんのステージを拝見できなかったのは残念ですが、これからも愛聴盤として、キャプランさんの「復活」を聴きます。ご冥福をお祈りいたします。

蛇足ですが、昨年(2015年)に発売された、めちゃ感動のマーラー「復活」CDがあります。川瀬賢太郎さん指揮、神奈川フィルによるもの。それについてのブログ記事も、おいおい書こうと思います。


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クリスチャン・ツィメルマンさんによる、オール・シューベルト ピアノリサイタルに感動の涙。 [クラシック音楽]

1月13日、赤坂のサントリーホールで拝見したピアノリサイタルについて書きます。

ポーランド出身、クリスチャン・ツィメルマンさん(Krystian Zimerman、1956年生)のリサイタルであります。現役ピアニストでは、アルゲリチさん、ポリーニさんとともに世界最高峰と称されるピアニストです。オール・シューベルト・プログラムで、演奏曲がスゴイ。ピアノソナタ20番と21番(遺作)が並んでいるんですよ!「それだよ、それをやって欲しかったあ!」と、私なぞ大声が出たくらいでございます。

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ここまで書いただけで、ぶわわーと、当日の感動がよみがえり文章を続ける自信がなくなりますが、頑張ろう。

ちなみに、この日、体調最悪だったワタクシ、泣く泣くリサイタルを諦めて、会社を出て家路についたわけです。電車の中で手元のチケットをみると金額が13,000円(!)。うはあ、いくら体調が悪かろうと、この額を無駄にはできんぞ!と生来の貧乏性が頭をもたげ、そうなると急に元気が出てサントリーホールへ引き返した次第。

その英断(というか貧乏性)のおかげで、会場で、心底、感動できました。ありがとう!って、誰に対する感謝だよ。

いやあ、素晴らしかった!

どんな人間にも、もし出会わなかったら人生が変わってたと思える人物や事物ってあるでしょう。私にとっては、シューベルトのピアノソナタ20番と21番が、まさに「それ」であります。どれだけ私がこの2曲を愛しているか!と、そこを熱く強調してもしょうがないけど、現実、そーなのであります。

これほど惚れ込む楽曲を、ツィメルマンさんの生演奏で聴けるなんて・・・。ああ、生きていてよかったあ~と腹の底から思えた瞬間でありました。

当日の演奏について、僭越ながらチョットだけ書きます。ピアノ演奏の極北といいましょうか、考え抜かれたテンポ、フレージング、アーティキュレーション、どれをとってもグウの音も出ないのであります。

ピアノソナタ20番。第一楽章の早めテンポに「え?」と一瞬驚き、続く第二楽章は、かなり強めのスタッカートで始まり「え?え?」ともう一度、驚きます。それが、第三楽章を経て、最終楽章、あのキャッチーで美しいメロディへ至ると、いやはや冒頭からの流れに必然が感じられるんですね。ピアニストの至芸にメロメロであります。

それにしてもあの第四楽章。天才メロディメーカーたるシューベルトさんの力量が、いかんなく発揮されていますよね。ベートーヴェン交響曲9番「合唱」の大仰な「歓喜の歌」なんぞより、私は、シューベルトさんの、このチャーミングなメロディが遥かに深く心に染入ります。嗚呼嗚呼。。。

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リサイタル最後の曲。シューベルトの遺作、ピアノソナタ21番。ツィメルマンさん演奏の超感動ポイントは、たびたび登場する、あのパウゼ(休止)です。曲をご存じの方は、お分かりと思います。ピタッと無音になる、あの「間」。たしかにピアノの音は鳴っていません、鳴っていないのに、会場の空間には、楽曲の「想」が充満しているんです。いやあ、良い事言うなあ、オレ。

怖いことですよ。ソナタ21番の生演奏は、過去なんどか体験していますが、楽曲を「聴く」のではなく、自分が曲と一体化した今回の感じは一度も無かったですもんね。ツィメルマンさんのピアノ、恐るべし、です。演奏をしながら、悟りの境地に達していますよ、これは。

お恥ずかしいですが、ワタクシ、ソナタ20番、21番とも感動のあまり、じわーっと涙を流しながら席に座っておりました。

感想が支離滅裂に飛んでしまうくらい心に響く強烈なリサイタルでした。今年は始まったばかりだけど、私にとって、2016年のベスト・オブ・ベストの演奏会、になりそうな予感です。

1月13日のリサイタルの件は以上。

勢いついでに、ツィメルマンさんのCDで、ワタクシが大好きな2組を、押しつけがましく紹介しちゃいます。

まずは、ツィメルマンさんご自身で若手オーケストラ、ポーランド祝祭管弦楽団を結成し、弾き振り(指揮者も兼任)したショパン、ピアノ協奏曲1番、2番のディスク(ドイツグラムフォン)。堂々と地を歩むかのごとく、ゆったりしたテンポ設定、徹底した訓練によるオケとピアノの呼吸の一致により、異色の感動演奏となっております。ツェメルマンさんの録音で一押しといえば、ワタクシはこのディスクで決まり!であります。

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もう1枚。先日、お亡くなりになった、作曲家で指揮者のピエール・ブーレーズさんとの共演による、ラヴェルのピアノ協奏曲(ドイツグラムフォン)。指揮者もピアニストも完全主義者ですから危険な組合せ、と思いきや、本作は「吉」と出て、自由闊達、空を舞う演奏であります。指揮者のブーレーズさん、意外にスベリの多いマーラーの交響曲録音なんぞより、フランス系の協奏曲を、もっと指揮してほしかったなあ。たとえば「プーランクの2台ピアノ協奏曲」とか・・・。おっと、またぞろ話が拡散しそうなので、今日はこれでお終いっ!チャオー。

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度が過ぎる「第九」コンサートばかりの年末に、ドヴォ9とブラ1の実演を聴く幸せ。 [クラシック音楽]

これまで何度かネタにしたように、クラシック音楽業界の12月の定番曲は、これ、であります。

ベートーヴェン作曲 交響曲第9番 「合唱」

いわゆる「第九」ですな。12月も半ばを迎えると、もう、バカじゃないの?というくらい、あらゆるコンサート会場が「第九」で埋めつくされます。情報誌でチェックしたところ、たとえば12月20日(日)に関東の「第九」公演は18回(!)。たった1日で、80分近い長尺の曲が「18カ所」で演奏、とは異常ではないか。

どいつもこいつも、そんなにベートーヴェンの吸盤・・・じゃなく九番が好きなのか。

業界とすれば年末の浮かれ気分に便乗し、ここぞとチケットを売る「戦略」なんでしょう。でもねえ、私のようなフツーの(?)クラシック音楽ファンにとってはいい迷惑。選択肢が減ってしまうからです。

こんな残念状況にあって、新日本フィルさんはエライ。(と、特定のオーケストラを誉めるのもなんですが)

12月21日(月)の「あなたが選ぶ交響曲コンサート」であります。ドヴォルザークの交響曲9番「新世界より」と、ブラームスの交響曲1番という、これはこれでベタ定番曲が並んでます。それでも、ベト九への反発感の激しいワタクシにとっては、救いの女神でございます。

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新日本フィルさんがリスナーから収集した「聴きたい曲アンケート」の結果で1位と2位に輝いた曲がこれらしい。ランキング(以下)に対しては、ふぅーーん、としか言いようがないけど、ブルックナーの4番「ロマンティック」が5位につけているのに、9番は無いのか?シューベルト8番(旧9番)「グレイト」が圏外?マーラーの「復活」のないの?チャイコフスキーなら6番より5番じゃんか・・・と、案の定、余計なツッコミ気分が頭をもたげます。

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ま、日本のヘヴィメタル・リスナーに「あなたの好きなグループ」を問うと、いまだに「Mr.Big」が上位に入ることを考えれば良しとしましょうか。(ボケ的には、ドッケン、とか、ポイズン、が望ましい?)

前置きが長くなりました。

12月21日、「あなたが選ぶ交響曲コンサート」に行ったのであります。

くどいですが、ドヴォルザーク9番「新世界より」、ブラームス1番、という怖いモノなしのベタベタ定番。観客が一緒にメロディを歌いだすのではないか、つう勢いですからね。当然、盛り上がるわけです。

指揮者ドミンゴ・インドヤンさんは南米ご出身の若手で、お名前を聞くのは初めて。この方が、いや、もう、見事にワタクシの期待(希望)に応える音楽づくりでした。どちらの曲も終楽章が速めのテンポ(かなり高速)でプチ違和感がありますが、基本、「この曲は、こう演奏してほしい」というシロウト的な願望を、そのまんま具現化してくれました。パチパチ。

常任指揮者はひねった演奏でツボをはずすことがあります。しかし今回のゲストコンダクターは、ド直球そのもの、素晴らしい曲に余計な粉飾は一切必要なし。パッカーン、と竹を割ったような演奏でございます。

気持ちいいなあ。大満足でしたあ~。

ベートーヴェンの第九なんぞ一生に1度か2度聴けば十分でしょう。対して、今回の2曲、ドヴォ9番「新世界より」と、ブラ1番、は繰り返し聴くほどに味わいを増すタイプでしょうね(個人的には、少々、飽きてはいるけど・・・)。

ちなみに私の好みの交響曲は、ドヴォルザークだと「8番」、ブラームスだと「2番」。この2曲でカップリング・コンサートやらないかなあ~と、無理がある希望を述べたところで今日はお終いっ!


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オッコ・カム指揮、ラハティ交響楽団の公演。シベリウス交響曲3番、4番、ヴァイオリン協奏曲を聴く。 [クラシック音楽]

2015年11月27日(金)は、月末シゴトもそこそこに、会社を17時30分に出て、新宿初台のオペラシティへと向かったのであります。クラシックのコンサートを聴くためです。

オッコ・カムさん指揮、フィンランドのラハティ交響楽団によるシベリウス生誕150年記念プロジェクト。3日間で、全交響曲(7曲)と、ヴァイオリン協奏曲を演奏する、という豪気な企画であります。

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私が行ったのは、2日目のステージで、プログラムは、交響曲3番、ヴァイオリン協奏曲、交響曲4番、であります。いやあ、自由意志で行っておいてナンですが、正直なところ、実演で聴きたい曲といえば、交響曲1番と2番です。この2曲が演奏された26日は、ワタクシ山口県出張で、かつチケット完売だったので諦めもついてますがね。

曲の解説ですいませんが、シベリウスの全7曲の交響曲のなかで、スケールが大きくドラマチックな名曲が1番、2番。独特の世界観と美学が確立するのが5番~7番。ワタクシが聴いた3番、4番はその「はざま」というか、ちょっとビミョーな楽曲なのであります。

逆にいえば、全曲チクルスでもない限り、実演に出会えないのでマニアックな喜びもあるんですね。ちなみに、「3番」はコンサート曲としてはイマイチ冴えないけど、2楽章の寂しげな空気などは、まさにシベリウス芸術の極みと思う次第。実に良いんですよね。

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まあ、そんなウンチクは置いといて、11月27日の演奏会。

知る人ぞ知る名オーケストラ(と私が思う)フィンランド・ラハティ交響楽団は、カムさん指揮のもと、奏でる音楽が、やっぱり本場は違うなあ、と思いましたね。メカニック(技巧)には特筆すべきものはないけど、カッチリしていない演奏の心地良さ、とでも言いましょうか。

交響曲3番は、第1楽章、第3楽章にもうちょっと「元気」があれば、第2楽章との対比が利いて良かったか・・・な~んてちょっとだけ不満。しかし、次のヴァイオリン協奏曲は素晴らしかった。イーヴォネンさんという男性ヴァイオリニストが、オケの雰囲気と逆方向の技巧派で、イケイケどんどんのやり過ぎ感が面白かった。

休憩をはさんでプログラムの最後の曲は、交響曲4番です。うは、演奏へのコメントはやめておきます。

だって、この曲自体が不可思議で、言い方は悪いけど「ボケるも、ツッコむもできない」とりとめない曲ですもん。浮かんでは消えるメロディ断片で構成され、実験的な匂いの漂う異色の楽曲。芸術的意義はあるんでしょうけど、ステージで盛り上がるタイプではない。

しかし!この日、会場に詰めかけた聴衆は、よほどのシベリウス好きか、はたまたラハティ交響楽団やオッコ・カムさんのファンなのか、交響曲4番が例の唐突な終わり方(変だよねえ、あれ)をしても、大拍手とブラボーの叫びを巻き起こしておりました。うーん、すごい、すごいぞ、フィンランドのパワー。

今回のワタクシの感想は、やっぱりシベリウスの音楽は良いなあ~というベタなもの。北欧音楽は、寒い季節に合いますねえ。帰宅してから、コリン・ディヴィスさん指揮の交響曲全集CDを、久しぶりに通しで聴きましたよ。

蛇足です。女々しいですが、ラハティ交響楽団の日本公演で一番行きたかったのは、札幌のKITARAホールで11月23日に開催された演奏会。交響曲2番と、神尾真由子さんが弾くヴァイオリン協奏曲、そこに「フィンランディア」ですからねえ、シベリウスのコンサートプログラムとしては完全無欠まさに鉄板でしょう。うーん、羨ましいぞ、札幌市民!

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