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ポール・デルヴォー版画展を拝見。ビミョーな気持ちでウムムム。。。 [絵画]

2016年11月某日。ワタクシの住む千葉県市川市にある芳澤(よしざわ)ガーデンギャラリーへ行きました。こじんまりとした造りながら、ネーミングどおり緑あふれたステキな庭を持つホッとする場所であります。

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目的は11月27日まで開催している「ポール・デルヴォー版画展」を拝見するため。お、良い企画を持ってきましたね。

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ポール・デルヴォー(1897年~1994年)はベルギーの画家。美術史ではシュルレアリズム画家にカテゴライズされてますが、ワタクシのなかでは、もっと広く「幻想絵画」のヒトという位置付けです。

デルヴォー作品の実物は油彩でしか見たことがなく、今回、はじめて版画を拝見しました。

で、展示会場を一巡したワタクシ、うわ・・・ほどは驚きませんが、ちとビミョーな気持ちになったのです。理由は作品がストレートに「デルヴォーさんらしかった」から。そりゃあデルヴォー版画展だから当たり前だろ!とツッコまれそうですが、なんといいましょうかね、あまりにも「予想どおり」で、一昔前の言い方だと、想定内なのであります。

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描かれるのは女性の姿がほとんど。着衣もありますがメインは裸像。裸一貫!ではなく飾り(髪飾り、帽子、アクセサリー)をつけてエロテイストを増幅。こうした世界観が、まるで油彩画と同じなんですね。

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デルヴォー美学の象徴でもある「表情」もしかり。感情の抜け落ちた、ココロここにあらず的な顔つきに、今どき使わない言葉だけど、「痴呆美」を連想しちゃいましたね。

デルヴォーさんは長寿(96歳で没)なんですねえ。長年にわたり、徹底的にユメセカイを極めたかったか、あるいは、ほかの題材を描けなくなったか。いずれにしても、芸風のブレ無さにストイックでスゴイ、と思う一方で、ウムム、なんたる偉大なるマンネリ・・・と気分がビミョーです。

同じくベルギーの画家マグリッドさんは、視覚効果満点の「マグリッドらしい」作品を多く残しましたが、題材(モチーフ)には、かなりのヴァリエーションがありました。デルヴォーさんの、裸女たちによる幻想風景、の一貫性は、モネの「水連」、シャガールの心象風景、モランディの「静物」と同じ匂いがします。意味悪な見方をすれば、自らが確立し世界に認められた鉄板モチーフを、手を変え品を変えて、なぞり続ける自己複製っぽさを感じなくもない。話を広げますが、画家キリコさんが避けたかったパターンが、まさにコレだったんでしょう。

おっと、いかん、つい批判的な言い方になってしまった。

ようするに、ワタクシはそれほどデルヴォー作品を好きではない、という単純明快な答えに行きつくようです。おお、スッキリしたなあ。

そうですよ。絵画鑑賞なんてのは、結局は「好み」が大切。思い入れもない作品に、世界的に有名、という外野の理由を持ち込んで感動する(ふり)なぞ意味がない。そんなこた、できっこないしね・・・。うわあ、勢いがついて無茶を言ってしまった。デルヴォー版画展を企画された皆様、すいません。

というわけで口直し(?)にもう一度、芳澤ガーデンギャラリーの庭をひとまわりし、心穏やか~ぁ、になったところで今日はお終いっ!

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蛇足です。隣町、東京都葛飾区の立石駅ホームに、ポール・デルヴォー版画展のポスターが貼ってありました。となりには「寅さんサミット」のポスターが・・・。寅さんが葛飾区(柴又)のヒーローなのはわかりますが、これを並べるか?渥美清さんの圧倒的存在感の前に、デルヴォー版画展、めちゃ影が薄くなっておりましたね。とほほほ。

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北海道立旭川美術館 「フランス 近代美術をめぐる旅」展を拝見しました [絵画]

先週、身内の不幸があり、急遽、地元北海道へと飛びました。通夜と葬儀を終えた2日後の土曜、宿泊先ホテルからほど近い旭川美術館へ行ってきました。

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こちらで、2016年8月17日まで開催している「フランス 近代美術をめぐる旅」展を拝見したのでした。

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ひろしま美術館が所蔵する19世紀から20世紀にかけて絵画・彫刻作品、約60点を借用・展示しています。つい最近、同時代作品を、札幌(の道立近代美術館)で拝見したので流れを感じましたね。

率直に言うと、札幌で拝見した作品(ポーラ美術館所蔵)より、旭川のほうがツボにはまりました。

開催者の掲げる目玉は(お約束どおり)モネ、セザンヌ、ルノワール、ゴーギャン、マティス、そしてピカソといったところでしょう。しかし天邪鬼なワタクシが、うわっ、と感激した一品は、なんたって、これです。

シャイム・スーティン「椅子によれる女」(1919年頃)です。

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スーティンの実物を観るのは今回でやっと4作目ですが、どの作品にも気迫というか怨念が画面から放出されております。一見、雑に塗ったかのようで(実際そうなんでしょうけど)、息が詰まるような圧力があります。ぐにゃっとねじ曲がった形状の、曲がり具合にスーティンならではの絶妙を感じます。なんという素晴らしい画家なのだろう!

どこかの美術館で「スーティン展」やってくれないかなあ。絶対に行くのにな。

ちなみに作品脇プレートに書かれた画家名が「ハイム・スーティン」となっとりましたけど、ファーストネームは、ハイムではなくシャイムではないか?いつのまにハイムに変わったのか。積水ハイムみたいじゃん。スペル最初の「C」は発音しないのが正解?・・・と、どーでも良いことがむしょうに気になりました、はい。

話を展覧会に戻しましょう。

札幌のポーラ術館所蔵作品展でイマイチだったヴラマンク作品が、今回はやってくれましたね!ワタクシの大好きな「雪景色」が堂々と登場。このモチーフこそ、ヴラマンクさんの真骨頂、圧巻であります。勢いある筆致と、黒と白のメリハリの妙に、じ~っと見とれてしまいました。

さらには、キスリングの見事な少女画。感動であります。ここに至って前半に観た印象派作品など、どーでもいいわい、という気になりましたな。

そうそう、蒐集者のセンスに拍手を送りたいのは、ルドン、キスリング、ヴラマンクのそれぞれの「花の絵」が揃っていることです。三者三様の「花」が、彼らの美学を的確にうつしだしており実に興味深かったです。

今回の展覧会、良い絵を観たなあ!という満足感が腹の底からわき上がりました(←むちゃくちゃな表現ですいません)。

旭川美術館さん、ありがとうございました。この勢いで「スーティン展」、ぜひよろしくお願いします!

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札幌市の道立近代美術館で、ヴラマンクの風景画にうなったハナシ。 [絵画]

数日前の札幌出張でのこと。午前と午後の打合せの間に1時間半ほど空き時間ができました。昼飯をコンビニパンでササッと済ませて、道立近代美術館へ向かったのであります。

開催中のポーラ美術館コレクション展を拝見するためです。

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箱根にあるポーラ美術館の所蔵絵画のうち約70点を展示する企画。日本人が愛するモネ、ルノワール、セザンヌ、シスレーといった印象派から、ゴッホ、ゴーギャン、シャガール、ルドン、マティス、ピカソ、さらにはムンクまでと有名どころがドドーンと壁を飾っております。見応えは十分ですねえ。

ブリジストン美術館(東京)といい、倉敷の大原美術館といい、日本の美術館の蒐集力ってスゴイなあ、と感心した次第。

ただし。私が、展覧会に足を運んだ理由は、ある画家の絵を観るためであって、彼以外は(私にとっては)添え物と言ってよいくらいなのです。ワタクシが惚れ込んでいるその画家とは、

ヴラマンクさん

であります。マティスとともにフォービズム(野獣派)画家として位置付けられるヴラマンクさん。ワタクシの好みは、赤やら黄色やらをド派手に塗った絵(そっちが有名なんでしょうけど)ではなく、モノトーンを基調にした重苦しい風景画なのです。

一気呵成に黒と白で流れるように描かれた、木の枝、雪の道、建物、そして空や川。その大胆さ。筆の勢いが生み出す迫力と訴求力。尋常ではありません。

ヴラマンクに比べたら、モネやセザンヌの作品などは輪郭がぼやけ微温的にさえ見えてしまいます。強いてヴラマンク表現に匹敵できるものを挙げるとすれば、シャイム・スーティンの強烈な風景画。または国も時代も違いますが日本の古武雄の壺(弓野焼き)に描かれた木。

・・・おっと、ここでワタクシのヴラマンク愛を語ってもしょうがないですね。

展覧会へ話を戻しましょう。ヴラマンクは2点が展示されていました。感動ツボにドーンとストライク・・・とまではいかない作品でしたが、ヴラマンクさん独特の勢いみなぎる画面に、たっぷり10分は見入ってしまいましたね。やっぱり良いなあ、ヴラマンクさん。

以下は、今回の展覧会の出展品ではありませんが、ヴラマンクさんの描く、ワタクシが好きなタイプの風景画でございます。はい。

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ところで、どうして日本人は(外国も同じかもしれないが)モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、シャガールが好きなんでしょうね。そんなにアレって良いですかね。今回の展覧会もご多聞にもれず、ポスターに使われているのはモネ。チラシで紹介されるのも「その手の路線」です。ヴラマンクさんなんぞ、「ヴ」の字も出てきやしません。絵画は人の好き好きですので、大きなお世話でしょうけど、世間やマスコミの評価ではなく「自分の目」で「自分の好み」を見極めてほしいもんですなあ・・・って、誰に対しての上から目線だよ。

さて、ヴラマンク作品以外ではシスレー、マルタン、ルドンに足を止めたくらいで、ほかは軽~く流し、30分程度で会場から撤収しました。道立近代美術館から札幌駅方面(北東)へと徒歩移動します。三岸好太郎美術館のある敷地を経由すると、こじんまりしてますが素晴らしい風景を楽しめますね。

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芸術作品の風景もよいけど、実際の風景って、やっぱり良いわなあ。

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と、当たり前といえば当たり前の感慨にひたったところで、今日はお終いっ。


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国立新美術館(乃木坂)で開催中。大原美術館のコレクション展「はじまり、美の饗宴展」を拝見したハナシ [絵画]

前々回の記事で書いた「ラファエル前派展」につづき、都内の美術展をとりあげます。六本木にある国立新美術館で開催中(2016年1月20日~4月4日)の、

はじまり、美の饗宴展 すばらしき大原美術館コレクション」であります。

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のっけから余談ですが、国立新美術館に行くたび、ワタクシ地下鉄駅を間違えます。ついつい、日比谷線「六本木駅」で下車しちゃう。おかげで冷たい雨に濡れてしまった・・・。なんのことはない千代田線「乃木坂(のぎざか)駅」で下車すれば、地下鉄の出口が美術館に直結しており、圧倒的に楽なんですね。ううっ、次回は間違えずに乃木坂から行くぞ。

さて、この美術展。

大原美術館(岡山県倉敷市、1930年創設)所有の、世界にほこる絵画・彫刻・陶芸のコレクション。その一級品の数々を六本木・・・じゃなく乃木坂でドドーンと披露する豪気企画です。明治時代の大実業家は、いまとはスケールが一桁も二桁も違っているようで、惜しげもなく大金をつぎこみ名作をバンバン買い集めたわけです。豪快と執念の成果が、大原美術館であり今回の展覧会なんですね。

「え?これって日本の美術館にあるの?」と驚く名画も会場に並びます。好き嫌いは別として必見でございましょう。

展示作品を世間の基準で眺めれば、見どころは、エル・グレコ、セザンヌ、ドガ、ルノワール、ロートレック、ゴーギャン、モディリアーニ、ピカソ、キリコ・・・そして、やっぱり登場するモネ「睡蓮」あたりかな。しかし、それらへの私の興味は限りなく低いのであります。

ワタクシにとっては以下4点だけで大満足。来た甲斐があるってもんです。

筆頭作品はギュスターヴ・モローの「雅歌」(1893年)。レース状の衣装をまとう女性から漂う幻想性、エロスが尋常ではありません。作品は小さく(幅20センチ、高さ40センチくらい)、水彩画ゆえか、絵の前に集まる人もまばらで、おかげで独占的にじっくり拝見できました。

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じっと観てると、頭がくらくらします。モロー作品はすべて好きですが、女性を描いたものは特に良い。夢の中のようなボンヤリ風情でありながら、確実なエクスタシーがあります。不思議な光で、画面が輝いて見えますね。ワタクシの気分は、もはやユイスマンス「さかしま」の主人公。残念ながら、ユイスマンスさんの審美眼も文章力も持ち合わせないワタクシには「雅歌」の美しさを伝えるコトバがありません。しかし、そんなこたあ、どうでもいい!モローの絵画が、この世界に「ある」というだけで、ワタクシは生きてて良かった!と思えるんですから、ハイ。

次はピサロさんの作品。「りんご採り」(1886年)です。印象派作品にほとんど食いつけないワタクシですけど、シスレーさんとピサロさんは例外つうか別格扱いで、愛している、のであります。本作のなんという見事なバランス。そして陽光の優しさ、でありましょうか。こちらまで体がポカポカしてきそうです。

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日本の作品にいきませう。関根正二(せきね しょうじ)さん作「信仰の悲しみ」(1918年)です。画集ではなく、絶対にホンモノを観る必要があります。なぜなら、重くくすんだ色合いと、独特の筆致は、印刷や写真では伝ええないものだから。いやあ、本物にはインパクトがありました。スゴイ!(語彙、貧困で失礼)。

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ワタクシのツボにはまる最後の作品。それは、夭逝の画家、松本竣介さんの「都会」(1940年)です。松本さんといえば、すっくと立った自画像が有名でして、私も、あの絵を観て以来の大ファン。ただし展示作「都会」は、その自画像とは異なり、全体に青が基調で、線描が鋭く、立体派テイストの表現も加わります。雰囲気はシャガールっぽいですが、切ない感情が良い意味で日本人、を感じさせます。いいなあ~。じーんと、してしまいます。

以上、個人的な食いつき作品は、たった4点ですが、

近代~現代の西洋・日本絵画、彫刻、陶芸と幅広く、一級品を1日で堪能できる超オトク展覧会なのは間違いありません。未見の方には、是非、お奨めしたい展覧会でありました。おおいに満足しました!

ではでは。


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渋谷で拝見した「英国の夢、ラファエル前派展」。久々にツボにはまった、というハナシ。 [絵画]

渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで「英国の夢、ラファエル前派展」を拝見し、めちゃ感動したので、その件を書きます。この展覧会、渋谷は3月6日に終わり、西へと巡回、現在(3月20日時点)は山口県立美術館で開催されております。

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さて、本題の前に、ちょっとエラソーですけど”美術好き”に関する話です。「趣味は美術鑑賞」だとか「学生時代に美術部でした」というヒトと、絵画の話をすると、ほぼ確実にガッカリしちゃうワタクシです。なぜか?理由は、彼らの多くが自分の目で見ず、自分のアタマで考えないから。要するに、世間が誉めそやす作品や画家を、盲信的に信奉してるからです。(もちろん、そうでない人もいますけど)。

相手の口から「印象派が好き」「ゴッホが好き」「シャガールが好き」と聞いただけで、私は、その人とは、絵画の話をやめます。そんな「ゲージツのお墨付き」がなんだっての?と思ってしまう。クラシック音楽でいえば、モーツアルトが好き、と言っとけばとりあえずOK、みたいな安易さを感じるのです。

念のため、相手に「なぜ、その画家が好きですか?」と質問すると、だいたいは体(てい)をなさない答えが返ってきます。何をどう好きだろうと個人の勝手だし、無理にマニアックに走る必要もないが、本心からその対象が好きなら、「なぜ自分が好きか」くらい言葉で言えるでしょ?と呆れてしまう。

自慢じゃないけど、私に、グリューネワルト「イーゼンハイム祭壇画」や、ブリューゲル「雪中の狩人」、デューラー「メレンコリア」の話をさせたら丸一日はしゃべり続けますよ。モノゴトを好き、ってのは、そうゆうものではないかしらん。

と、無駄な前置きが長くなり、スイマセン。

今回とりあげる「ラファエル前派」。まさに前述のエセ美術好き連中が、時代遅れとみなした一派、だと思うのであります。19世紀半ばから20世紀という、美術界に大変革が起きた時代にもかかわらず、神話や文学から材をとった「古臭いロマンチック」「映画の場面のような」作風は、頭デッカチの美術通から、嘲笑の的になるのも無理ありません。

ところがどっこい、です。「英国の夢、ラファエル前派展」を虚心に観てどう思うか。古臭い、どころか、これらの作品こそが「絵画にしかできない表現」の究極と感じます。たしかに、19世紀以降の絵画の本流は、過去の絵画ルールから脱却して、風景や人間をありのまま描く、とか、画家の心情吐露、あるいは、多様性への挑戦でしょうけど、ラファエル前派は、それらとは発想や思想が違うのです。ラファエル前派が目指すのは、1枚の絵画にドラマ性を与える、という試みです。

ですから、画家たちは圧倒的な絵画技巧を発揮します。確かな技術に支えられた人間あるいは神々のドラマ。このようなハッキリした意図を持つ絵画は大好きなんです。

それでは、展覧会で出会った作品をいくつかご紹介します。

ジョン・エヴァレット・ミレイ作「いにしえの夢-浅瀬を渡るイサンブラス卿」(1856年~1857年)

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幅2メートルちかい大きさにまず圧倒されましたね。次に画面をよくみると、甲冑や装飾の精緻さに魅了されます。そしてなにより3人の登場人物の表情が良い。様々な想像をかきたてるではありませんか。

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神話や伝説を扱った作品だと、たとえばフレデリック・レイトン作「ペルセウスとアンドロメダ」(1891年)。

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あるいは、ジョン・ウイリアム・ウォーターハウス作「エコーとナルキッソス」(1903年)。

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人物画ではダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ作「シビラ・パルミフェラ」(1865年~70年)。ロセッティは、ラファエル前派の創始者のひとりですね。

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私が気に入った作品は、エドワード・ジョン・ポインター作「テラスにて」(1889年出品)です。穏やかな雰囲気、柔らかな筆致。リアルに描かれた木の枝、大理石。女性の衣装の見事な表現!

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暇を持て余した女性の、ボンヤリした横顔の美しさがたまりません。

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ワタクシ、この絵の前で、しばらく、じーっとたたずんでしまいました。すごい吸引力がありますもんね。

おっとハナシが長くなってきました。そろそろ終わりましょう。「ウィーン美術史美術館展」「プラド美術館展」「モランディ展」と昨年より、展覧会でスベリを重ねてきたワタクシ。しかし今回の「ラファエル前派展」は、嫌な流れを吹き飛ばす久々の大ヒットとなりました。本当に良かった。こうなると、次に行く展覧会がちょっと心配です。有名画家の名前だけで感動できちゃう単純な人間に、いまさらなれないし・・・。うーーん。

と、無理にまとめたところで、今日はお終いっ!


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兵庫県立美術館で「モランディ展」を拝見。うわあ~っ、とコメント不能になったハナシ。 [絵画]

2ヶ月ちかく前ですが、兵庫県立美術館で「モランディ展」を観たハナシを書きます。

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よほどの美術通を除けば、ほとんどの方が「モランディって誰よ?」とギモンを抱くことでしょう。

ジョルジョ・モランディさん(1890~1964年)はイタリアの画家。フォービズム、キュビズム、シュールレアリズム、表現主義、etc、と絵画芸術が揺れ動いた時代にあって、そうした「派」に与せず、ひたすらに自ら信じる芸術を追い求めたストイックな方、だそうです。

今回知ったのですが、いまでは「20世紀美術史における最大の画家」とまで目されるらしい(ちなみに、この「〇〇世紀最大の☐☐」って、ちょっとウサンくさい表現ですよね。なんとかならないものかな。)

分かったように書いたワタクシも、実は、モランディ作品はこれまでノーマーク。ただし、お名前だけは知っていました。ある映画に作品が登場したからです。高校生の頃(35年前!)に観たフェデリコ・フェニーリ監督のイタリア映画「甘い生活」のワンシーン。主人公(マルチェロ・マストロヤンニ)ともう一人の人物が、壁に飾られた何の変哲もない(と私は思った)静物画を眺めながら、「モランディの絵は、けっして簡単には描けない」みたいな会話をするのですね。

その絵が、どうみても簡単に描けそうなので、ちょっとビックリし、へえ、モランディか。モディリアーニ、じゃないのね、と記憶に刻まれた次第。

ハナシは脱線しますが、映画に登場した絵画で一番インパクトあったのは「ラスト・タンゴ・イン・パリ」の冒頭に登場する、フランシス・ベーコンの作品でしょうね。あとは「アイガー・サンクション」で主人公(クリント・イーストウッド)がピサロの絵を・・・と、話が長くなるので止めましょう。失礼。

本題に戻り、兵庫県立美術館のモランディ展、であります。

会場にはモランディさんのライフワーク、渋い「静物画」が、どどーんと並んでいるのであります。

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あるいは、

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ほかにも、

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万事がこうゆう感じでございます。

すいません、と最初に謝るのもどうかと思うが、私には、これらの絵の良さがサッパリ分からない。仮に、私以外の人類すべてが「スゴい!」「一流!」「最高!」と高評価しようと、私には「???」であります。

なにせ、20世紀最大の画家、でございますから、ポカーンとなる私がアホなのでしょう。でも、ガツンと感じるまでいかずとも、きっかけつうか、見どころつうか、ツボ、みたいなものくらい私だって感じられるはず・・・と、思えば思うほどに、モランディさんの絵はどれも同じにみえて、ワタクシの目はうつろになります。

ポスターに「なぜふつうの瓶に、こんなにも心が震えるのだろう」と記載されていますが、私には、ほんとにただの「ふつうの瓶」・・・ギャフン。

この展覧会、2月14日まで神戸で開催され、そのあと、東京駅ステーションギャラリーにも巡回するそうです。

関東の美術好きの皆様、ぜひ、モランディさんの静物画をじっくり鑑賞いただき、「スゴイ!」と感じるか、「ほが?」と自失するか、チャレンジいただきたい、と思うのであります。ちゃんちゃん。

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没後30年、鴨居玲 回顧展「踊り候え」、を伊丹で拝見しました。 [絵画]

没後30年となる画家 鴨井 玲(かもい れい、1928~1985)の回顧展を観るため、兵庫県の伊丹市立美術館へ行ってきました。油彩、素描など100点をじっくり拝見いたしました。

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この回顧展、東京からはじまり金沢、函館、伊丹、と巡回。東京展の会場は、ワタクシの職場から徒歩10分という至近、東京駅ステーションギャラリーでしたが、天邪鬼なワタクシはあえてそこを避け、函館か金沢か伊丹、よーするに「東京以外の地で、鴨居さんの絵を観たかった」のであります。理由は自分もよく分からず。

結果、伊丹での展覧会(10月31日~12月23日)に着地した次第。

初めて訪れた伊丹市美術館は、しっとり和テイストの建物でした。最近の美術館には、威圧感やエキセントリックな外観勝負の物件が現れる中、こうゆうセンスは好き。落ち着きますものね。

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こじんまりした和風の中庭も良いな・・・って、私は美術館を観に来たわけではなかった。

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さて、本題の鴨居玲さん回顧展であります。

「死をみつめた画家」と称され、圧倒的筆致で人間の孤独や絶望を描き切った作品群。暗い画面のなかに、閃光のように走る迷いのない線が、こちらの精神に切り込んでくるんです。

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展示作品の多くは人物画。描かれた対象は、ヨーロッパ在住時代は老人や酔っ払いで、日本に戻って自殺するまでは自分自身すなわち、「自画像」が多くなります。人物は、いずれも顔が灰色に濁り、目はボンヤリとした洞(ほら)のよう。子供が見たら「ゾンビみたい」と言うでしょうね。

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死の臭いに満ち満ち、それでいながら、逆に激しい生への希求が感じ取れる作品。対峙していると、ぶるっと体に震えが走ります。

自画像が多くなる80年代の絵には、シロウトの私にさえ感じられるほどの、「描けない苦悩と焦燥」が溢れ出てきます。絶望感に囚われ、自らのアイデンティティさえ疑うほど、もがき苦しむ様がストレートに伝わります。まことに画力とは恐ろしいもの。

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しかし、しかし、ですね。

意地悪な見方をしちゃうと(作品展示の方法にも依存しますが)、その「苦しみ」が、あまりにもシアトリカルに分かりやすく呈示されると、作品を観るというより、画家の人生を紹介するドキュメンタリー番組を眺めたような、ちょっと気持ちが引いちゃう恨みがありますね。

たとえば、代表作であり、回顧展ポスターにも使われている「1982年 私」という作品。中央には何も描かれていないキャンバスと鴨居さんがおり、その周りを、なんと、過去の自作モチーフたちが亡霊のように囲んでいます。ここまでシッカリ描かれると、なんとなく「計算」を読み取ってしまう、ひねくれたワタクシであります。

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鴨居さんの作品は極限までパーソナルなようでいて、実は、1970年~1980年代という時代(の価値観)を映しているのかも・・・と深読みしてしまいました。

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いずれにしろ、観る者の魂をゆさぶる、独特の絵画世界を築いた鴨居玲さんという画家が、日本におられたこと、を認識するだけで、伊丹まで向かう価値があります。と、書きつつ明日(12月23日)が、この展覧会の最終日でしたか。失礼。


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練馬区立美術館で、「シスレー展」を観たハナシ。 [絵画]

先月(2015年10月)、練馬区立美術館で「シスレー展」を観たハナシを書きます。

当ブログに何度か書いたようにワタクシ、世間で大人気の「印象派」絵画にサッパリ食いつけないのであります。現在、都内では「モネ展」が大々的に開催されてますが行く気も起きない。モネさんの絵のいったい何がどう良いのか分からない。他の印象派の巨匠セザンヌ、ルノワールも同様です。ま、ワタクシごときが何をどう感じようと、作品は美術史に燦然と輝くわけですけど。

さて、どんな嗜好にも例外はあります。ワタクシが愛する印象派画家が二人おります。そのひとりがアルフレッド・シスレーさん(1839~1899年)であり、もうひとりはピサロさん。

シスレーさんの風景画の素晴らしさ!地上へふり注ぐやわらかな陽光。天へ広がる清々しい空気感。そして流れる風。絵に吸い込まれそうになりますね。モネさんの「ぼやけた絵」と一線を画す確固たる「世界」がキャンバスに広がっているのであります。

おっとノーガキはどうでも良いですね。練馬区美術館で、「シスレー展」を観た話に戻りましょう。

美術館は、練馬区の中村橋駅(西武線)の近くにあります。練馬区内で電車を降りるのは、1988年以来、27年ぶり(!)・・・あ、また話が脱線してるな。すいません。

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展示されたシスレー作品は、日本国内のコレクション20点ほど。少ない数が幸いして、疲労感もなく、じっくりと一点一点の作品と対峙できました。

やっぱり良いなあ~シスレーさん!

ホンモノを前にすると、恥ずかしいかな、そんな定型句しか出てきません。

展覧会ポスターは「モネっぽい」、色がチカチカした作品が使われてますが。なんで、そうなる、日本の展覧会。ワタクシが好きなシスレーさんは、そちら方向でなく、ゆったり広がる空、流れる風、景色の奥ゆきが描かれた作品です。

1890年の作品「葦の川辺-夕日」。ああ、この空ですよ、これが良いんだなあ。

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1885年の作品「サン=マメスのロワン河」。なんとも気持ち良い。

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観るほど幸せ気分が高まる、この魔力はなんだ!と、一人、気分を高揚させ、練馬区立美術館を撤収したワタクシでした。いや、まことに充実した1日でありました。

ほ~らね、世間が誉めそやす展覧会を観に、六本木や上野の美術館で人ごみにもまれるより、心の底から好きと思える画家の絵に会いに、ちょっとマイナーな美術館に足を運ぶ。そして、ゆったり作品を眺める。ツウを気取るわけじゃないけど、カッコイイじゃん、オレ、と思います。シスレーさんだって十分に巨匠ではありますが、日本での認知度はイマイチなのが残念の極みです。

話はズレますが、酒を呑みながら、絵の話ができる友だちが数年前までいたんだけど、今はゼロです。寂しいなあ、と思ったら、ワタクシ、そもそも友だちがトータル3人ほどしかいなかった。絵の話以前ですなあ。ま、友だちは、それで十分ですよね。ぶははあ。


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札幌で拝見した「夢見るフランス絵画」展、ヴラマンクとキスリングの素晴らしい作品に、感動で毛が逆立ちました。 [絵画]

少し前のこと、「夢見るフランス絵画」と題した展覧会を、北海道立近代美術館(札幌市)で拝見しました。開催期間は2015年6月27日~8月23日。すでに終わってしまったイベントのハナシですいません。

この展覧会、昨年(2014年)に東京(渋谷)で開催されていました。そのときは「夢見るフランス絵画」というタイトルから、どうせ日本人にウケる印象派あたりの作品ばっかりでしょ、とワタクシ、一顧だにしなかったのです。以前、書きましたように、印象派絵画とくにセザンヌ、ルノワール、モネ、といった大御所作品がすんごく苦手な私なのです。(九州で印象派展を観た記事は→ここ)。

印象派絵画は、美術史的には、おおいなる意義があるのでしょう。しかし、私には、色や輪郭がぼやけた、もやもやした絵としか受け取れない。人気がある理由がサッパリわからない・・・と書くと、美術好きを自称する御仁から「お前は芸術のなんたるを分かっておらん!」と叱られそうですが、こればっかりは理屈ではなく、「好み」ですから、しょうがないですな。

そんなわけで、東京で開催中、完全無視だった件の展覧会。ところがその後、新聞か雑誌の記事をみてビックリしたんです。この企画、印象派ではない画家の作品も充実しており、そのなかには、私のツボを突く、あのひと、このひと、がおられたわけです。うはあ、愚かなオレ。展覧会タイトルから勝手に内容を決めつけ、無視をきめこむ、とは不覚にもほどがあります。

で、行きました。札幌で。遅ればせながら。

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・・・ほらね、ポスターの絵が、やっぱりモネ大先生の「睡蓮」だわ。こうゆうチョイスをするから、私みたいな勘違い野郎が生まれるんだ(と、人のせいにしてはいけませんね)。

会場には有名画家の作品が、70点、どどーんと掲げられておりました。

セザンヌ、モネ、ルノワールは計10点ほど。そこは1分程度のチラ観で通り過ぎます。そう、目指す画家の作品コーナーへ急がねばなりません。

目的の場所へ到着したワタクシ。おおげさでもなんでもなくザワッと毛が逆立ちましたね。恐怖ではなく、もちろん感動して、であります。

まずはルオーの6作品。どれもすんごい迫力を発散しており、陳腐な言い方ですが、これだけの「魂の表現」を前に、出せる言葉などないでしょう。感服。

そして、いよいよ、今回、もっとも観たかったふたりの画家。ヴラマンク、と、キスリング。

ヴラマンクは10作品が展示されていました。ああ、なんと壮観であろう。多くは、黒、茶、白、を基調としたモノトーンの重たい風景画ですが、迷いのない筆の勢いが素晴らしい。この美学、筆力。これですよ、これ、求めていたのは!ゆうに30分間、ヴラマンクの絵の前を行ったり来たりする「完全に怪しいヒト」になったワタクシであります。いやあ、いいなあ~いいなあ~。

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目指す次の画家。キスリングです。見つめていると吸い込まれそうな絵です。魅力的ならぬ魔力的な人物画です。女性の美を、美そのまんまで描いたかのよう。夢のなかの理想女性像と言いましょうか。憂いを含んだ彼女たちの「目」の、切なさと吸引力!

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キスリング作品にも釘づけ状態のワタクシ。あまりに素晴らしく、この絵画が世の中に存在する、と思うだけで、泣きそうになっちゃいます。

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ヴラマンクとキスリングに鑑賞時間の大半を費やしたワタクシ。これで撤収しても大満足なんですが、一応、流し観で終わらせた画家さんの作品を、念のため、もう一度チェックします。順路を逆行し(会場はガラガラなので全然問題なし)、フジタやユトリロを眺めたわけです。

ユトリロの、例によってパリの風景画。じーっと見つめていたら個人的ツボの発見、をしちゃったんです。ユトリロの風景画に登場する「人物」について、です。これがもう、あまりにもヘタッピで、見れば見るほどヒドイ。描かれた人物が、前を向いているのか、後ろを向いているのかさえ判別できない。そりゃないだろうよ、とツッコミたくなる体たらく。

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ワタクシ、つくづく思いましたね。好きでもない絵をじっくり見ると、ろくな発見をしないもんだなあ、と。ユトリロ好きの方々は、きっと、こんな「サマツなこと」を気にもしないのでしょうねえ。私には無理だけど。

以上、「夢見るフランス絵画」展の感想でした。ポスターデザインが内容への誤解を誘発するうらみはありましたが、ヴラマンクとキスリングの作品に、腹の底から感動したので、何も文句は申しません!

さあて、次のターゲット展覧会。あえて東京開催時に行かなかった鴨居玲さんの作品展であります。函館、金沢、伊丹と巡回するのですが、さて、どの街で拝見しようかな~と、そんなことをウラウラと考えているときが一番幸せです。ふふふのふ。


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神戸で「ホドラー展」を拝見したハナシ。心が震える画の数々。 [絵画]

少し前のハナシです。4月5日まで開催の「ホドラー展」を拝見しました。会場は兵庫県立美術館(神戸)です。

フェルディナント・ホドラーさん(1853~1918)はスイスの画家。クリムトさんほどトガってませんが、神秘性に満ち、かつ力強さも兼ね備えた象徴主義的作風の方です。リズミカルな様式美も特徴にあげられましょう。

この展覧会、私にとって2015年の最大関心事でした。大好きなホドラーさんの、あの線、あの色を、実物で味わいたいと切望していたのであります。

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ホドラーさんの代表作といえば、まっさきに「夜」が思い浮かびます(残念ながら、今回の展覧会に来ていませんでしたけど)。

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画面中央、黒い布に覆われた「何か」に襲われる男。彼の表情はまさに恐怖そのものです。死んだように熟睡する裸の男女たちと、彼の激しい感情の対比。一目この作品をみた瞬間、ホドラーさんってすごいわあ、と感心しちゃいましたね。

クラシック音楽好きの方なら、このCDジャケットに見覚えがあるでしょう。

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デヴィッド・ジンマン指揮チューリッヒ・トーンハレ管のマーラー交響曲第5番。ジャケが、ホドラーさんの作品です。ちなみにジンマンさん指揮のこのシリーズ、CDごとに異なる画家作品をジャケに採用して実にセンスが良い。スイスの画家ではセガンティーニさんや、クーノ・アミエさんも登場していましたっけ。

いかんいかん、話が脱線していますね。神戸の「ホドラー展」に話題を戻しましょう、どーん。

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圧倒的大作は少なめでしたが、初期からの晩年にいたる作風の変遷を知るには十分な内容でありました。手ごたえを感じる素敵な展覧会でしたね。

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複数人物の配置と形状(ポーズ)が生み出す「躍動感」「リズム」それを支える「線の強さ」が素晴らしい。ホドラーさんでないと絶対に出せないパワーがみなぎっております。と書きつつ、ドシロートの私がどうこう言えるヤワなもんじゃないので、結局のところ「興味のある方は急いで神戸へ!」としか言いようがありません。ははは、絵についての感想を放棄しちゃった。

この作品「春」は複数ヴァージョンがあります。展覧会では登場人物が5人ではなく、3人のヴァージョン「Ⅲ」が展示されています。

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こちらは、ポスターにも使われている「感情Ⅲ」という作品。

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風景画の展示も多く、それはそれで良いのですが、私はやっぱり人物画に惹かれます。癌に冒された愛人が、次第にやせ衰えて死に至るまでの様子を、何枚もの作品(?)に残したホドラーさん。深い悲しみと絶望に満ちた、それらの画を観ると彼の画家魂が恐ろしくなります。心が揺さぶられました。

誰が見ても声を揃えて「美しい!」という芸術ではありません。取り上げるテーマも含め、むしろ好き嫌いの分かれる作風と思います。しかし、それゆえに、自分の嗜好と向き合う踏絵にもなります。美術好きの方なら、見逃してはいけない展覧会だと思いましたね。

それでは今日はこの辺で・・・。そうそう、兵庫県立美術館の最寄駅の阪神岩屋駅、派手なペイントで美術の街、をアピールしておりましたね、はい。

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